氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「風邪をひく前に自分の部屋で寝ろよ」
「どこで寝ようとわたしの勝手でしょ。うるさいのよ、たれ目のくせに」

 ぷいと顔をそむけると、アデライーデは再び長椅子に横になろうとした。

「お前なぁ……」
「おう、こんな夜更けにこんなとこで何してんだ? あぁ?」

 突然、背後から凄まれて、ニコラウスは慌ててその背をぴしりと正した。この声はバルバナスだ。顔を見なくても怒っているだろうことが伺える。大方、アデライーデが部屋にいなくて、心配して探しに来たのだろう。

「わたしは定期の見回り中に、ここで寝ている彼女を見つけて、部屋に戻るよう注意をしていただけです!」

 ニコラウスがバルバナスに向けて騎士の礼を取りながら言うと、横になりかけていたアデライーデががばりと体を起こした。

「いやよ! 部屋には戻らないわ。だって、バルバナス様のいびきがうるさいんだもの!」
「ああ? オレの小鳥のさえずりのような寝息がなんだって?」
「何が小鳥よ! 夏のヒヨドリよりもよっぽどひどいじゃない!」

 夜中の廊下にいつもの口喧嘩が響いていく。アデライーデの部屋は、バルバナスの私室の中にある。鍵はかかるらしいが、アデライーデは四六時中バルバナスと寝食を共にしているようなものだ。
 あの部屋にはバルバナスの世話をする小姓がひとりいるので、アデライーデとふたりきりというわけではないのだが、変な噂が立つのはこんなおかしなことになっているからだ。バルバナスのこの見事な防御とけん制を前に、アデライーデに夜這いをかけられる者がいるはずもない。

 ()にも角にも、顔を合わせるとこのふたりはいつもこんな調子だ。くっつくならさっさとくっついてしまえ。延々とぎゃんぎゃん言い合うふたりを前に、「あーめんどくせ」とニコラウスは両耳を塞いだ。

「ああ? 今何か言ったか?」
「いいえ! きっと小鳥のさえずりですっ」

 ニコラウスが再びびしりと背筋を伸ばしたところで、遠くからバタバタと足音が近づいてきた。

< 446 / 684 >

この作品をシェア

pagetop