氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 不服そうにしながらもジークヴァルトが手をひっこめたので、リーゼロッテはスカートをつまみ上げてさっさと階段を昇り始めた。

(ヴァルト様の心配性にも困ったものだわ)

 これは自分ができるところを、ひとつひとつ示していかねばならないのだろう。千尋(せんじん)の谷に落とせとまでは言わないが、ここまでくるとジークヴァルトが子離れできない親のように思えてしまう。

 つまずかない様、慎重に一段一段ゆっくり昇る。その後ろをジークヴァルトがついてくるのはいいのだが、どこかハラハラしている感が伝わってきて、逆にこちらが緊張をあおられる。
 途中の踊り場に差しかかると一度立ち止まり、リーゼロッテは後ろを振り返った。

「わたくし、絶対に、転げ落ちたりいたしませんから」

 にっこり笑って、念を押すように言う。対照的にジークヴァルトは眉間にしわを寄せた。

「万が一ということもある」
「異形が視えない頃でも、階段から落ちるようなことはございませんでしたわ」

 事実そうなのだから仕方がない。そんな不満そうな顔をされても困ってしまう。最後まで何事もなく階段を昇りきると、リーゼロッテはどや顔で振り返ろうとした。途端に、ジークヴァルトに手を取られる。
 エスコートする体勢に戻っただけなのだが、そのホールド感は拘束に近い。その様子を見ていた城仕えの者が、礼をとりつつも目を泳がせているのが遠目にも分かった。

(過保護にもほどがあるわ……)

 昨日の今日で、ジークヴァルトも過敏になっているのだろう。心配してくれる気持ちはありがたいが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
 戸惑ったまま再び歩き出す。これはもう早急に目的地にたどりつくしかない。そう思ってリーゼロッテは無心のまま歩を進めた。

 ふと見知った廊下に出たことに気づく。以前、王城に滞在したときに、何度となく行き来した廊下の風景だ。
 以前はここを自分の足で歩くことはほとんどなかった。ジークヴァルトの腕の中で揺られながら見ていた廊下を、今、自分の足で歩いている。少し不思議な気持ちになりながらも、リーゼロッテはひとり小さく頷いた。

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