氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「ったく、仕方ねぇなぁ」

 その姿が見えなくなると、バルバナスは再びエッカルトに視線を戻した。ふと、その後方にいた茶色がかった赤毛の侍女が目に入る。

「そこの侍女、お前、見ない顔だな」

 射貫くように見る先にいたのはエラだった。突然バルバナスの目に留まり、震える体を叱咤してエラは慌てて礼を取った。

「この方はエデラー男爵令嬢でございます。リーゼロッテ様の侍女として、ダーミッシュ領よりお招きしております」
「エラ・エデラーでございます、王兄殿下」

 エラは震える声でようやくそれだけ口にする。

「リーゼロッテの、ねぇ……」

 まじまじとエラを観察していたバルバナスは、すぐに興味を失ったようにエッカルトを見やった。

「そういや、ブシュケッターのお気に入りがいねぇな」

 バルバナスの言う“ブシュケッターのお気に入り”とは、エマニュエルの事だ。使用人ながらブシュケッター子爵に見初められたエマニュエルの事を、バルバナスはいつもこう呼んでいる。ただ、認識としては、エマニュエルはアデライーデの侍女にすぎない。

「子爵夫人は、今日にでもこちらに到着予定です」

 エッカルトは複雑な心境で、極力抑えめの声で答えた。今までのバルバナスの行いを考えると、公爵家としては穏やかな胸中でいられるはずもない。

「まあ、いい。とりあえず、今すぐ異形んとこに連れていけ」
「かしこまりました。マテアス、ご案内を」

 横にいたマテアスに目配せすると、マテアスはそつのない動きでバルバナスと数人の騎士を先導していく。

「……なあ、エッカルト。バルバナス様はアデライーデをこの先どうするつもりなんだ?」

 バルバナスたちを目で追っていたユリウスの問いかけに、エッカルトは困った顔をした。

「わたしごときには分かりかねますな」

 傷を負ったと言え、アデライーデは公爵家の令嬢だ。婚姻を望む貴族の数は今でも少なくはない。本来、その相手を吟味するのは父親であるジークフリートの役目なのだが、バルバナスがことごとくそれをはねのけ続けている。

「オレはてっきりバルバナス様が手を出してるもんだと思ってたんだが」

 自分の顎をさすりながらユリウスが考え込むように言う。先ほどのふたりの様子を見ると、アデライーデとバルバナスが深い仲ということはなさそうだ。

「もしかしてバルバナス様は、まだマルグリットのことが忘れられないでいるのか? エッカルトはどう思う?」
「ユリウス様。滅多なことは口になさらない方が御身のためでございますよ」

 エッカルトに渋い顔を返されて、ユリウスは軽く肩をすくませた。

「ちょっと聞いただけだろう? そんな怖い顔すんなって」

「とにかく我々もジョンの元へ向かいましょう」
「ったく、こんな面倒なこと、ジークフリートの代でおきてりゃおもしろかったのに」

 その言葉にエッカルトは、再び渋い顔をユリウスに向けた。

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