氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「どうしてリーゼロッテ嬢に、あそこまで詳しくお話しなさったんです?」

 もっとオブラートに包んで、守護者の事だけ話すこともできただろうに。王子の馬鹿正直さは、いつもカイの理解には及ばない。

「……わたしは弱い人間なんだ。すべてをなかったことにして、すぐに逃げ出そうとする」

 カップの()を握る指に、知らず力が入った。先ほど思い出していたのは、ジークヴァルトが数か月ぶりに王城に顔を出した日のことだ。

 アデライーデを傷つけた直後から、ジークヴァルトはぱったりと姿を見せなくなった。
 あんなことがあった翌日でさえ、ハインリヒは当たり前のように公務をこなしていた。その異常さに気づきながらも、忙しさに追われる日々がしばらく続いた。

 いつしかあの夜の出来事は幻だったのではないかと、そんなことを思い始めたある日、当時フーゲンベルク公爵だったジークフリートが王城に乗り込んできた。その場はいなかったものの、父王に切りかかる勢いだったという噂話は、隠されつつもハインリヒの耳にも届けられた。
 大事な娘を傷つけられたのだ。すべては龍の思し召し――そんな戯言(ざれごと)で納得できるはずもないだろう。

 それでもハインリヒの日々が変わることはなかった。ただ、いつもそこにいたジークヴァルトの姿がないだけで。

 それすらも当たり前の日常になった頃、ジークヴァルトは突然王城に現れた。数か月ぶりに見たその姿は、少しだけ背が高くなっていて、だが、その態度はあまりにも以前と変わらぬものだった。
 まるで昨日の続きのような異様なまでの自然さは、何かを言わなくてはと焦るハインリヒに、言葉をかける時機を奪った。

 あの事件などなかったかのように、再び日々は過ぎていく。ジークヴァルトは何も言わない。だから、自分も何も聞けない。
 だとしても、あの時にこそ言わなければならなかったのだ。ハインリヒは今でも己の弱さに絶望を禁じ得ない。

 季節がひとつ移ろう頃、ふとした隙間時間に、ジークヴァルトとふたりきりになった。耳をそばだてる者も近くにはない。
 ハインリヒはたまらなくなって、とうとうジークヴァルトに本音を問いただした。お前はなぜ何も言わないのだと。アデライーデがああなった理由を、知らないはずはないだろうと。

「大体のいきさつは聞いている」

 半ば詰め寄るように問うたハインリヒに、ジークヴァルトは顔色ひとつ変えなかった。その声音も普段通りのままだ。聞かれたから答えた。そんな態度だった。

「アデライーデは、無事に……生きてはいるんだな?」

< 516 / 684 >

この作品をシェア

pagetop