氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 怖くて誰にも聞けなかったことを問う。すべてが初めからなかったかのように、周囲の者はふるまっている。その偽りの世界に身を投じたままでいるのは、これ以上は耐えられなかった。

「ああ。今では歩くのにも不自由はしてない」

 その言葉に安堵した。ただ、とジークヴァルトが付け足すまでは。

「姉上は片目の視力を失った。顔に消えない傷も残っている」

 衝撃に、言われたことをうまく咀嚼(そしゃく)することができなかった。散らばった冷徹な単語だけが、頭の中をぐるぐると巡る。事実を受け入れようにも、脳が(かたく)なにそれを拒絶した。

 それ以上は黙ったままでいるジークヴァルトの青の瞳を見つめながら、ハインリヒの中でパズルのように、次第に事実は組みあがっていく。あの瞳と同じ色をした美しいアデライーデ。その視力は失われてしまった。顔には傷が残り、それは貴族女性として存在の抹消に等しいことだ。

「……気が済むまでわたしを殴ってくれていい」

 そこに立っていられるのが不思議なくらいだった。いっそジークヴァルトに殴り殺してほしかった。

「断る」

 そっけなく言ったジークヴァルトはすいと顔をそらした。その反応にハインリヒは、思わずその腕を乱暴につかんだ。

「ここには誰もいない! 不敬などは問わないし、何よりお前にはそうする権利がある!」
「断る」

 もう一度言ってジークヴァルトは、掴まれた腕を静かに振り払った。

「お前は自分が楽になりたいだけだろう? オレがお前を殴ったところで、姉上の体は戻らない」

 その言葉に貫かれ、ハインリヒは力なく崩れ落ちた。本当にその通りだった。断罪を求めるのは己の(とが)を暴くためではなく、自分はただ、許されたかっただけなのだ。

「あっ……あ」

 声にならない嗚咽(おえつ)が漏れる。自分は取り返しのつかないことをした。そんな軽い言葉で済まされるはずもないことを、アデライーデに強いてしまった。

 その様子をしばらく見つめていたジークヴァルトは、何も言わずに部屋から出て行こうとした。ドアノブを掴む音がする。それが回される前に、ジークヴァルトの声が小さく響いた。

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