氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
◇
「ですから! わたしは騎士団の長である王兄殿下の命で、こちらへ調査に来ているんですよ。何も調べないまま追い返させるわけにはいかないんです!」
困り果てたようなニコラウスの声がした。
「だまらっしゃい。そのような調査は不要です。今すぐお帰りなさい」
冷たく震える声音が響く。メイドふたりに支えられるように立っているウルリーケの姿を認めると、アデライーデはそのそばへと近づき優雅な礼を取った。
「ご無沙汰しております、ウルリーケお婆様」
「おお! アデライーデ……!」
その姿に目を見張ったウルリーケが、感極まったように声を震わせた。
「雪のせいで到着が遅れて申し訳ございません。お会いしたかったですわ、お婆様」
「アデリー……よく、よく来ました……もっと近くで顔を見せてちょうだい」
メイドの手を離れて、アデライーデの頬を痩せた手で挟み込む。かがみこむようにしてアデライーデは、ウルリーケに最上級の淑女の笑みを向けた。
「おお……可哀そうに。お前の美しい顔が、こんなむごいことに……」
右目にかかる傷を痛々し気に見つめ、ウルリーケは苦しそうに自身の胸を押さえた。
「お婆様、興奮なさってはお体によくないですわ。昔のように、温室でゆっくりとお話いたしましょう?」
その言葉にメイドが再びウルリーケを両脇から支えた。
「ねぇ、お婆様。こちらの騎士様はどうなさったの?」
呆けたように口を開けているニコラウスをそ知らぬ顔で見やり、アデライーデは上品に小首をかしげて見せた。その際にやさしげに微笑むことも忘れない。
途端に動揺したように真っ赤になったニコラウスに、ウルリーケは冷たい視線を向けた。
「お前、まだいたの。さっさとお帰りと言ったはずよ」
「いや、ですが、異形の調査がまだ……」
しどろもどろで答えるニコラウスを見て、アデライーデは大げさによろけて見せた。
「まあ! 異形だなんて恐ろしい……! お婆様、お願いですわ。わたくし今日はこちらに泊めさせていただこうと思っておりましたの。ですから、騎士様にきちんと調べていただきましょう?」
涙を浮かべながら訴えるアデライーデは、気の毒に思えるくらい青ざめている。それこそ今にでも卒倒してしまいそうだ。どこから見てもか弱い令嬢にしか見えないその姿を、ニコラウスは相変わらずの大口でぽかんとしたまま見つめていた。
「ふん、そう言うことなら仕方ないわね。いいでしょう。明日までなら調査を認めます。後は任せたわ」
そばで控えていた老齢の家令に言い渡すと、ウルリーケはその場を後にした。アデライーデもそれに続くように歩を進める。
すれ違いざまニコラウスに耳打ちする。
「時間稼いでやったんだから、きっちり仕事しなさいよ」
小声で言って、何事もなかったかのようにアデライーデは通り過ぎていった。その後ろ姿は、儚い公爵令嬢そのものだ。
ふわりといい匂いがした。清楚なドレスを身にまといつつも、あらわになった胸の谷間に目が釘付けとなる。あのドレスの下に隠れた脚の美しい曲線を、ニコラウスは知っている。体にぴったりと沿った騎士服は、その柔らそうな臀部のまろみを隠しきれはしない。
ぐっと顔をしかめて、ニコラウスは突然前かがみになった。大事な何かを隠すように、周囲に気取られないよう、なんとなくな手つきを装って両手を添える。
視線を感じると、グレーデン家の家令がじっとニコラウスの股のあたりを見つめていた。しかし、ふいと目をそらすと、何も見なかったように廊下の先に視線を移した。
「異形が出た廊下は、こちらの先にございます。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ、ニコラウス・ブラル様」
勅命書を見せただけで名乗りはしなかったニコラウスは、この家令に身元がバレていることに気づき、戦慄を覚えた。
(うおぉぉぉぉっ! オレは何をやっているんだぁ……!)
貧乏くじを引かされ、上位の貴族宅で大恥までかいてしまった。弱みを握られた貴族は、いいように使い捨てられるのがおちだ。
(いざとなったら、親父に勘当してもらおう)
腹違いと言えど、妹は可愛い。家にだけは迷惑をかけないようにと、ニコラウスは涙目のまま胸に固く誓った。
少々内股になりながら、ニコラウスは家令の後ろをよろよろとついて行った。
「ですから! わたしは騎士団の長である王兄殿下の命で、こちらへ調査に来ているんですよ。何も調べないまま追い返させるわけにはいかないんです!」
困り果てたようなニコラウスの声がした。
「だまらっしゃい。そのような調査は不要です。今すぐお帰りなさい」
冷たく震える声音が響く。メイドふたりに支えられるように立っているウルリーケの姿を認めると、アデライーデはそのそばへと近づき優雅な礼を取った。
「ご無沙汰しております、ウルリーケお婆様」
「おお! アデライーデ……!」
その姿に目を見張ったウルリーケが、感極まったように声を震わせた。
「雪のせいで到着が遅れて申し訳ございません。お会いしたかったですわ、お婆様」
「アデリー……よく、よく来ました……もっと近くで顔を見せてちょうだい」
メイドの手を離れて、アデライーデの頬を痩せた手で挟み込む。かがみこむようにしてアデライーデは、ウルリーケに最上級の淑女の笑みを向けた。
「おお……可哀そうに。お前の美しい顔が、こんなむごいことに……」
右目にかかる傷を痛々し気に見つめ、ウルリーケは苦しそうに自身の胸を押さえた。
「お婆様、興奮なさってはお体によくないですわ。昔のように、温室でゆっくりとお話いたしましょう?」
その言葉にメイドが再びウルリーケを両脇から支えた。
「ねぇ、お婆様。こちらの騎士様はどうなさったの?」
呆けたように口を開けているニコラウスをそ知らぬ顔で見やり、アデライーデは上品に小首をかしげて見せた。その際にやさしげに微笑むことも忘れない。
途端に動揺したように真っ赤になったニコラウスに、ウルリーケは冷たい視線を向けた。
「お前、まだいたの。さっさとお帰りと言ったはずよ」
「いや、ですが、異形の調査がまだ……」
しどろもどろで答えるニコラウスを見て、アデライーデは大げさによろけて見せた。
「まあ! 異形だなんて恐ろしい……! お婆様、お願いですわ。わたくし今日はこちらに泊めさせていただこうと思っておりましたの。ですから、騎士様にきちんと調べていただきましょう?」
涙を浮かべながら訴えるアデライーデは、気の毒に思えるくらい青ざめている。それこそ今にでも卒倒してしまいそうだ。どこから見てもか弱い令嬢にしか見えないその姿を、ニコラウスは相変わらずの大口でぽかんとしたまま見つめていた。
「ふん、そう言うことなら仕方ないわね。いいでしょう。明日までなら調査を認めます。後は任せたわ」
そばで控えていた老齢の家令に言い渡すと、ウルリーケはその場を後にした。アデライーデもそれに続くように歩を進める。
すれ違いざまニコラウスに耳打ちする。
「時間稼いでやったんだから、きっちり仕事しなさいよ」
小声で言って、何事もなかったかのようにアデライーデは通り過ぎていった。その後ろ姿は、儚い公爵令嬢そのものだ。
ふわりといい匂いがした。清楚なドレスを身にまといつつも、あらわになった胸の谷間に目が釘付けとなる。あのドレスの下に隠れた脚の美しい曲線を、ニコラウスは知っている。体にぴったりと沿った騎士服は、その柔らそうな臀部のまろみを隠しきれはしない。
ぐっと顔をしかめて、ニコラウスは突然前かがみになった。大事な何かを隠すように、周囲に気取られないよう、なんとなくな手つきを装って両手を添える。
視線を感じると、グレーデン家の家令がじっとニコラウスの股のあたりを見つめていた。しかし、ふいと目をそらすと、何も見なかったように廊下の先に視線を移した。
「異形が出た廊下は、こちらの先にございます。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ、ニコラウス・ブラル様」
勅命書を見せただけで名乗りはしなかったニコラウスは、この家令に身元がバレていることに気づき、戦慄を覚えた。
(うおぉぉぉぉっ! オレは何をやっているんだぁ……!)
貧乏くじを引かされ、上位の貴族宅で大恥までかいてしまった。弱みを握られた貴族は、いいように使い捨てられるのがおちだ。
(いざとなったら、親父に勘当してもらおう)
腹違いと言えど、妹は可愛い。家にだけは迷惑をかけないようにと、ニコラウスは涙目のまま胸に固く誓った。
少々内股になりながら、ニコラウスは家令の後ろをよろよろとついて行った。