氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
「お婆様、お元気そうで安心いたしましたわ」

 雪景色が見える温室で、アデライーデは優雅にほほ笑んだ。時間を止めたように、ここは何もかもがあの頃のままだ。だが、ウルリーケは随分と年老いて見えた。その分だけ、その頑固さが昔よりもいっそう際立ったように感じられる。

「お前はまだ騎士の真似事などしているのね? 悪いようにはしないから、わたくしの元へお戻りなさい。何か欲しいものはない? お前のためならばなんだって手に入れてやるわ」
「お婆様……」

 少し困ったように小首をかしげた。ウルリーケは一度心を許した相手にはとことん甘い。アデライーデは子供ながらにそれをよく知っていて、いい子を演じてはウルリーケに高価なものを強請(ねだ)ったものだった。

 今思えば、ジークヴァルトにかかりきりの父母に対する当てつけだったのだろう。公爵令嬢とは言え、不相応に高価なものに囲まれるアデライーデを、周囲は複雑そうに見つめていた。
 当時、辺境伯の地位についていた祖父の元へ預けられたのも、そのことが起因していた。ウルリーケの元から離され、アデライーデは見捨てられたような気分を幾重にも味わった。

「今からでも遅くはないわ。お前とエーミールとの婚姻を進めましょう。地位が必要というのなら、確かスタン伯爵家の爵位が空いていたわね。わたしからディートリヒに口添えをしてやるから安心なさい。公爵令嬢のお前には屈辱かもしれないけれど、ふたりの子供にグレーデン家を継がせてもいいのだから」

 興奮気味に語るウルリーケに、アデライーデは緩く首を振った。そのやせ細った手にそっと自身の手を添える。

「そのお気持ちだけでうれしいですわ。ですが、エーミールには相応の相手をお選びになってください」

 悲し気に目を伏せる。顔良し家柄良しのエーミールならば、もっと条件のいい家へと婿養子に望まれるだろう。実際にそんな話はグレーデン家へ舞い込んでいるはずだ。

 ウルリーケは自分の息のかかる親類縁者に対して、思うがままの采配で婚姻関係を結ばせていた。王族であったウルリーケに逆らえるものはいない。それは、降嫁する際に、王家から鉱脈の採掘権を携えて彼女がやってきたからに他ならない。

 この権利はウルリーケだけが有するものだ。そのウルリーケが亡くなった折には、王家へとその権利が返上されることが初めから決まっている。グレーデン家で女帝のように振舞い、周囲の者が逆らえないでいるのもこのことが原因だった。

「おお、可哀そうなわたくしのアデライーデ! エーミールはお前のためにどこにもいかせないでいたのよ。何も心配せずにお前はわたくしにすべて任せなさい」

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