氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 夕暮れが迫る中、雪道で馬を走らせていたカイは、イグナーツに対して呪詛(じゅそ)に近い感情を抱いていた。

 こんがり亭にいるルチアには密偵をつけていた。それが忽然(こつぜん)と姿を消したと言うのだ。
 母親のアニサも病院から別の場所に移されていた。その行方は、カイの部下をもってしても追うことができなかった。そう報告が入ったのが、つい先ほどの事だ。

 リーゼロッテに関わる一連の騒ぎのせいで、カイ自身が動けなかったことがあだとなった。こうなれば、グレーデン家を後回しにした方がよかったのではないか。そんなことが頭をよぎる。

 人気(ひとけ)のない薄暗い路地裏で馬から降りると、カイはそこに潜むように待っていた男に手綱を手渡した。

「それでイグナーツ様はいつ戻ってきたの?」
「街の者の目撃証言ですと、本日の正午過ぎにはもどってこられていたようです。アニサのいた病院に見慣れない銀髪の男が来たとの証言も取れています。痕跡を追ったのですが、どうも病院側に金品で口止めをしたようで……」

 数日前に部下が送ってきた似顔絵を見る限り、ルチアの母アニサが、アニータ・スタン伯爵令嬢であることにもはや疑いの余地はない。病でやつれた姿だったが、その絵姿は貴族名鑑に載っていたアニータの面影を十分に残していた。

「すぐにルチア嬢の行方も追ったのですが、こんがり亭に行ってもすでに姿が消えていて……。カイ様、誠に申し訳ありません」
「いや、迂闊(うかつ)だったのはオレも同じだから。疲れてるとこ悪いけど、馬はいつものところに連れて行っといてくれる?」

 馬と共に陽が落ち切った雪の街へと溶け込んでいく男を見送って、カイはふっと息を漏らした。

 それにしても仕事が早すぎる。普段はちゃらんぽらんなイグナーツだが、女性のことになると途端に機動力が跳ね上がる。そのことをすっかり失念していた。

(イグナーツ様とアニータ・スタンの接点は、思ったより昔の事なのかもしれないな)

 アニータが出奔(しゅっぽん)したあとに知り合ったのだと思っていたが、貴族時代にすでにふたりは顔見知りだったのかもしれない。

 イグナーツはいわゆる貴族の庶子というやつだ。幼少期は平民として育ち、ある程度の年齢で貴族に迎え入れられたと聞く。
 ラウエンシュタイン公爵家の跡取りであるマルグリットの託宣の相手として、その立場は優遇されていただろう。だが、平民育ちの者が貴族社会に溶け込んでいくのは、多大な努力と根性が必要だ。うまく立ち回れずに精神を病むものも少なくない。

 そんな時に知り合った令嬢にやさしくされたら、イグナーツでなくとも一生恩義を感じることだろう。アニータ・スタンの人柄は、穏やかで面倒見がよい令嬢だったと証言する者が多くいた。

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