氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 しばらくすると、ぶな、とどこからか声がした。廊下を見回すと、少し先に殿下がいる。少し進んでは鳴き声を上げて振り返る。殿下はまるでアンネマリーに着いて来いと言っているようだ。

「殿下……どこ?」

 少し広い廊下に出ると、今度こそ殿下の姿を見失ってしまった。耳を澄ますも、鈴の音も、猫らしくない鳴き声も、何も聞こえてこない。あたりを見回すと、さらに王城の奥深くにきてしまったようだ。

 途端に心細くなって、アンネマリーはあてどもなく歩き出す。

「きゃっ」

 曲がろうとした廊下で、アンネマリーは突然、人とぶつかった。見上げると、目の前に背の高い令嬢がいる。その人物が誰なのかを悟り、アンネマリーはさっと顔を青ざめさせた。
 驚き顔でアンネマリーを見やっていたその令嬢は、口元に妖艶な笑みを作ってわずかに小首をかしげた。

「迷子?」

 ハスキーな声で問うてくる。彼女は先ほどハインリヒにエスコートされていた令嬢だ。こんな王城奥深くにいると言うことは、彼女もまた王族のひとりなのかもしれない。

 ハインリヒの隣に立つにふさわしい令嬢だ。泣きそうになるのをこらえて、アンネマリーは必死の思いで礼を取った。

「申し訳ございません。道に迷ってしまいご迷惑を……」
「あそこ」

 手袋をはめた長い指先が、廊下の一角を指し示す。そこには長椅子が備えられていた。古めかしいが、その作りは立派なものだ。

「迎えに来るから、待っていて」

 それだけ言うと、令嬢は艶やかな流し目を残して、廊下の暗がりへと消えてしまった。

 きっと誰かを迎えによこしてくれるのだろう。そう思ってアンネマリーはその長椅子に腰かけた。椅子のそばには窓があった。明かりもなく、外はただ真っ暗な世界が広がっている。
 それは自分の心を映しているようで――

 アンネマリーは出そうになる涙をこらえて、水色の瞳をきつく閉じた。

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