氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 ジークヴァルトに抱えられて、再び元の場所へと戻ってくる。しかし、そのままフーゴの横を通り過ぎ、ジークヴァルトは奥に置かれた休憩用のソファへと向かった。
 イザベラはブラル伯爵に回収されたようだ。同じように戻ってきたニコラウスが安堵のため息をついている。

 不意にジークヴァルトの不穏な動きを察知して、リーゼロッテはそうはさせまいと強めに言った。

「お膝抱っこは、なさらないでくださいませね」

 リーゼロッテを抱えたまま座ろうとしていたジークヴァルトは、一瞬動きを止める。それから渋々と言った感じで、リーゼロッテを隣のソファへと座らせた。その横へと自分も腰かける。

「夜会であーんは禁止ですわ」

 テーブルに置いてあった菓子に手を伸ばそうとしたジークヴァルトに、間髪入れずに言葉を発する。何事も先手必勝だ。ジークヴァルトは強気に出れば、ものによっては自分の意見を押し通せることを、リーゼロッテはこれまでの経験でしっかりと学んでいた。

 仕方なしにジークヴァルトは、ひとつのグラスを手に取って、リーゼロッテに差し出してくる。

「酒は口にするなよ」
「心得ておりますわ」

 笑顔で受けとりグラスに口をつける。よく冷えた果実水が運動後の体に染み渡る。アデライーデとのダンスはそれはそれは楽しかった。ジークヴァルトがやってこなかったら、もう一曲くらい踊りたかったくらいだ。

 そうしているうちに、義父母(りょうしん)に加えて、エラにニコラウス、エーミールとエマニュエル、そしてヨハンがリーゼロッテたちを取り巻くように集まってきた。ジークヴァルトはともかく、自分ばかりが座っているのも申し訳ないように思う。だが、自分は公爵の婚約者の立場だ。ここは堂々と隣に座っているべきなのだろう。

「まったく、相変わらず過保護なんだから」

 遅れてやってきたアデライーデが呆れたように言う。リーゼロッテの手を取りその指先に口づけた。

「今日は楽しかったわ。もう時間だからわたしはもう戻るわね」
「アデライーデお姉様……」

 ぽっと頬を染めたリーゼロッテの小さな手を、ジークヴァルトが奪い返すように引き寄せる。それを楽しそうに見やってから、アデライーデは任務へと戻っていった。

 華やかな貴族たちの人波の中に消えていくアデライーデの背中を、リーゼロッテはじっと見送った。

(アデライーデ様は本当に格好いい方だわ)

 見た目の美しさだけではない。厳しさの中に見え隠れするやさしさと、不幸な境遇に屈しないしなやかさ。流されるままの自分には持ちえない輝きが、リーゼロッテの目には眩しく映った。

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