氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 あてどもなく王城の中を彷徨うように歩く。気づくと、夜会の喧騒も届かない場所にまで来ていた。人気(ひとけ)のない肌寒い廊下で足を止め、我に返ったアンネマリーは慌てて後ろを振り返った。
 目の前には似たような分かれ道の廊下が、長く三本伸びている。どの道を来たのかもわからない。早くあの場から離れたくて、闇雲にここまでやって来てしまった。

(もう……一体何をやっているの)

 自分で自分が嫌になる。誰もいない廊下に佇み、みじめな気分に拍車がかかった。

 このまま王城の奥深くで人知れず朽ちてしまいたい。そんな思がもたげるも、そんなことになっては王城の一角を(けが)したと、ハインリヒが不快に思うかもしれない。
 自分はこんなにも醜く弱い人間だったのか。静まり返った廊下でどうしようもない絶望感に見舞われて、アンネマリーは縋るように、忍ばせておいたそれを取り出した。

 手にしたものは紫の光を放つ美しい石だ。王妃から贈られたそれは、白の夜会後、クラッセン家の宝物庫の奥へとしまわれた。それをこっそり持ち出したのは、自分にはこの石を持つ資格はないと感じたからだ。
 今日の夜会で王子の元へと返せたならと、そんなことを思っていた。だが、思えばこれは王妃から賜った物だ。それをいきなり自分から王子に返すなど、何を馬鹿なことを考えていたのだろうか。

 ハインリヒの事を思うと、何もできなくなる。
 ただ会いたくて。その瞳に自分を映してほしくて。

(あの時に帰りたい……)
 自分だけに笑顔を向けてくれた、木漏れ日がやさしく揺れる、あの庭へ――

 その時、ちりん、とひそやかな鈴の()がした。
 はっと顔を上げると、廊下の柱の陰から、毛足の長い猫がこちらをじっと見つめている。

「殿下……?」

 アンネマリーが声をかけると、猫の殿下はその体を翻した。ちりりんと音を響かせて廊下の暗がりへと消えていく。

「待って!」

 心細さに思わずその背を追った。鈴の音を頼りにするも、反響を繰り返す廊下では方向がうまくつかめない。アンネマリーは薄暗い廊下ですぐその姿を見失ってしまった。

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