氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 ミヒャエルは、夜会の会場の片隅で、イジドーラ王妃がダンスフロアの中央で踊る姿を眺めやっていた。王と見つめ合いながら、優雅に踊る。その美しい姿に、自然と目が吸い寄せられた。

(あの娘はわたしの物だ)

 ザイデル公爵家の謀反が起きた時に、自分がイジドーラを救うはずだった。それを横からかっさらうように奪ったのがディートリヒだ。

 神官として生きてきた自分が、貴族のようにダンスを踊るわけにはいかない。踊りのステップのひとつも知らない自分が呪わしく感じる。

(いや、そんなもの、わたしが王となればどうとでもなる)

 あのイジドーラを、目の前に跪かせることもできるのだ。そう言い聞かせて心を落ち着ける。今はまだやらねばならないことがある。

(余裕の顔でいられるのも今のうちだ)

 そう思ってほくそ笑んだ。自分に近づいてきた貴族の男の目配せ受けて、その場を後にする。男と共に入った休憩室の一室では、幾人もの貴族たちが待っていた。

「ミヒャエル司祭枢機卿様……」
 うつろな目をした貴族たちが、自分に対して礼を取る。その様にミヒャエルは下卑た笑みを漏らした。

「女神はなんとおっしゃられているのですか?」

 ここに集まるは、紅の女神を真の神として崇める者たちだ。女神の存在をその肌で感じることができる選ばれた者たちだった。
 だが、女神の姿を見、その声を聞きことができるのは、唯一この自分だけだ。その事実こそ、自分がこの国の王となるべく女神に選ばれた人間という証と言えよう。

「我らが紅の女神は、この国を欲しておられる。国の命運を握るのはハインリヒ王子だ。王子を消せば、この国はすぐにでも我らが手に落ちるだろう」

 ミヒャエルの宣言に、その場にいた者たちの動揺が走る。その様を冷たく見やり、ミヒャエルは中指にはめた大ぶりの紅玉の指輪を掲げて見せた。

「紅の女神は、唯一にして絶対神なるぞ。我が命に従い、王子の首を取るのだ!」

 紅玉が禍々しいまでの光を放つ。その光は部屋にいた貴族だけでなく、夜会の会場周辺まで不穏な空気を広げていった。

< 602 / 684 >

この作品をシェア

pagetop