氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 アデライーデは錯乱した同僚に向けて、なんの躊躇もなくその拳を叩きつけた。腹にめり込んだ一発は、大柄な騎士を王城の廊下の壁へと吹っ飛ばした。

「何なのよ、一体」

 肩で息をしながら呟いた。異形に憑かれているのは一目瞭然だったので、拳に力を込めながらの格闘が続いていた。

「アデライーデ!」
 ニコラウスが足早に寄ってくる。

「怪我はないか?」
「わたしは大丈夫よ。一体何が起きているの?」

 辺りを見回すも、不安を煽るような波動はさらに重く濃くなってきているのが感じられた。

「首謀者は分からないが、王太子殿下のお命が狙われている」
「ハインリヒ殿下はいまどこに?」
「先ほど安全な場所に行かれたはずだ。今バルバナス様たちがこちらに向かっていると連絡がきた。それまで持ちこたえるしかないな」

 そこまで言うと、ニコラウスはアデライーデを嫌そうに見た。

「ていうかお前、バルバナス様に黙ってここに来ただろう?」

 毎年、年越しは騎士団の城塞でバルバナスと共に迎えていた。今日は朝からどこに行ったと探し回っていたに違いない。どうせすぐに居場所がばれて連れ戻されることは分かっていた。

「結果、役に立っているからいいでしょう?」

 おかげでバルバナスの到着は、アデライーデが夜会に来なかった時より早くなるだろう。

「そういう問題……なのか?」
 ニコラウスはバルバナスの雷が、自分にまで落ちないことだけを祈るばかりだ。

「……ハインリヒ!」
 突然そう叫んだかと思うと、アデライーデが駆け出した。

「え? おい、アデライーデ!」

 追いかけるもすぐその背中を見失ってしまう。王城の奥深くは迷路のようだ。アデライーデは子供の頃から出入りしていたらしいが、ニコラウスには無縁の場所だった。

 途方に暮れたように、ニコラウスは仕方なしに来た道を戻り、バルバナスの到着を待つことにした。

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