氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
◇
廊下の向こうで、数人の貴族に囲まれ苦戦しているハインリヒが目に入る。
「伏せて!」
叫びながら細剣を貴族目がけて一閃する。渾身の力を叩きつけられた男たちは、昏倒するようにその場にバタバタと倒れ伏す。
「アデライーデ……」
声掛けと共にしゃがみこんでいたハインリヒが、青ざめたまま立ち上がった。
「峰打ちです。死んではおりませんのでご安心ください」
転がる男たちを見やりながら、剣を鞘に納める。ハインリヒの意図することは分かってはいたが、今は一介の王城騎士と王太子の立場だ。
「ここは危険です。今、王兄殿下が王城へと向かっています。それまでは近くの安全な場所へ移動なさってください」
「アデライーデ、わたしは……」
苦し気な顔をして、ハインリヒはこの場を動こうとしない。その顔をアデライーデはきっとにらみつけた。
「そんな顔をしている場合ですか? 王太子殿下、あなたには為すべき大事なことがあるでしょう?」
ハインリヒはこの国の命運そのものであり、この場にいる誰よりもいちばんに守られるべきものだ。それこそ王や王妃よりも優先されると言ってよい。
「だが、わたしは君に……」
その直後、倒れていた男のひとりが、突如ハインリヒに襲い掛かった。すかさずアデライーデが回し蹴りを食らわせる。壁に叩きつけられた男が倒れ込むのを確認してから、アデライーデはハインリヒに向き直った。
「ああ、もう、辛気臭い顔をして! いいわよ、いつか殴りに行ってやるわよ!」
「え?」
再びゆらりと起き上がった男の顔面に、アデライーデの右ストレートがめり込んだ。床を滑るように転がった男の口から、かつんと何が飛び出していく。廊下の暗がりに転がっていくそれを目で追って、アデライーデがぼきりと大きく拳を鳴らした。
次代の託宣を受けた子が授かれば、守護者もその子へと受け継がれていく。その時点でハインリヒは、守護者の呪縛から解き放たれることになる。それはハインリヒが、どんな女性に触れても大丈夫になるということで。
「ハインリヒの託宣が果たされたら、遠慮なく殴らせてもらうから。首を洗って待っていることね」
「……分かった、その心づもりでいよう」
目の前で頬を腫らして昏倒している男を見やり、ごくりとのどが鳴る。自分も奥歯の数本は覚悟しておかねばならないだろうと、ハインリヒは神妙に頷いた。
「アデライーデ……すまない」
「次にそれ言ったら、二発にするから」
「ああ、そうだな……ありがとう、アデライーデ」
「っふ、馬鹿ね。さあ、行きなさい!」
その笑顔に押されるように、ハインリヒは走り出した。安全な場所には心当たりはある。迷路のような王城だが、その見取り図は頭の中にすべて入っている。
(だが、まずはアンネマリーだ)
彼女を捨て置いて、自分だけが安全な場所にいるのだけは耐えられなかった。
その姿を求めて、ハインリヒはひたすら王城の廊下を駆け抜けた。
廊下の向こうで、数人の貴族に囲まれ苦戦しているハインリヒが目に入る。
「伏せて!」
叫びながら細剣を貴族目がけて一閃する。渾身の力を叩きつけられた男たちは、昏倒するようにその場にバタバタと倒れ伏す。
「アデライーデ……」
声掛けと共にしゃがみこんでいたハインリヒが、青ざめたまま立ち上がった。
「峰打ちです。死んではおりませんのでご安心ください」
転がる男たちを見やりながら、剣を鞘に納める。ハインリヒの意図することは分かってはいたが、今は一介の王城騎士と王太子の立場だ。
「ここは危険です。今、王兄殿下が王城へと向かっています。それまでは近くの安全な場所へ移動なさってください」
「アデライーデ、わたしは……」
苦し気な顔をして、ハインリヒはこの場を動こうとしない。その顔をアデライーデはきっとにらみつけた。
「そんな顔をしている場合ですか? 王太子殿下、あなたには為すべき大事なことがあるでしょう?」
ハインリヒはこの国の命運そのものであり、この場にいる誰よりもいちばんに守られるべきものだ。それこそ王や王妃よりも優先されると言ってよい。
「だが、わたしは君に……」
その直後、倒れていた男のひとりが、突如ハインリヒに襲い掛かった。すかさずアデライーデが回し蹴りを食らわせる。壁に叩きつけられた男が倒れ込むのを確認してから、アデライーデはハインリヒに向き直った。
「ああ、もう、辛気臭い顔をして! いいわよ、いつか殴りに行ってやるわよ!」
「え?」
再びゆらりと起き上がった男の顔面に、アデライーデの右ストレートがめり込んだ。床を滑るように転がった男の口から、かつんと何が飛び出していく。廊下の暗がりに転がっていくそれを目で追って、アデライーデがぼきりと大きく拳を鳴らした。
次代の託宣を受けた子が授かれば、守護者もその子へと受け継がれていく。その時点でハインリヒは、守護者の呪縛から解き放たれることになる。それはハインリヒが、どんな女性に触れても大丈夫になるということで。
「ハインリヒの託宣が果たされたら、遠慮なく殴らせてもらうから。首を洗って待っていることね」
「……分かった、その心づもりでいよう」
目の前で頬を腫らして昏倒している男を見やり、ごくりとのどが鳴る。自分も奥歯の数本は覚悟しておかねばならないだろうと、ハインリヒは神妙に頷いた。
「アデライーデ……すまない」
「次にそれ言ったら、二発にするから」
「ああ、そうだな……ありがとう、アデライーデ」
「っふ、馬鹿ね。さあ、行きなさい!」
その笑顔に押されるように、ハインリヒは走り出した。安全な場所には心当たりはある。迷路のような王城だが、その見取り図は頭の中にすべて入っている。
(だが、まずはアンネマリーだ)
彼女を捨て置いて、自分だけが安全な場所にいるのだけは耐えられなかった。
その姿を求めて、ハインリヒはひたすら王城の廊下を駆け抜けた。