氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 遠くでざわめきが聞こえる。よくは分からないが、人が浮き足だっているようなざわつきを、アンネマリーはその肌に感じていた。
 廊下の向こうから誰かが駆けてくる。かなり慌てているような足音だ。

「王子殿下……!」

 その暗がりから現れたハインリヒの姿に、アンネマリーは青ざめて立ち上がった。礼を取るのも忘れてその場に立ち尽くす。

「ア……クラッセン侯爵令嬢、詳しい話はあとだ。わたしについてきてくれ」

 こわばったような声音で言われ、アンネマリーの体も緊張で硬くなる。久しぶりに聞く声に、涙が出そうになった。

「ここは危険なんだ。いいから早くしてくれ」

 振り向き、苛立ったように言われる。王子自らが迎えに来るなど、あの令嬢に頼まれでもしたのだろうか。
 だとすると、ハインリヒはあの令嬢のことを、相当大切に思っているのかもしれない。不興を買った自分など、誰かに任せておけばそれで済むはずだ。
 胸が痛むままハインリヒの背を追って、アンネマリーは黙って廊下を進んで行った。

 不意に廊下の角から王城騎士が剣をその手に襲いかかってきた。

「きゃあ!」

 キィンと金属がぶつかり合う音がして、王子が騎士と切り合う姿が目に入った。自分を背にかばうように立ち、騎士相手に幾度も切り結ぶ。

「どうして近衛の騎士が……」

 まるで事情が把握できない。そんなアンネマリーの目の前で、騎士の腹にハインリヒの剣の柄がめり込んだ。壁に吹っ飛ばされた騎士は、そのままぐったりとうなだれて動かなくなる。

「こちらへ。急ぐんだ」

 肩で息をするハインリヒに、廊下の先を行くように言われる。次に行く方向を口頭で指示されながら進むも、アンネマリーは不安に駆られて振り返った。
 別の男ともみ合いながら、剣を切り結ぶハインリヒが目に入った。

「王子殿下!」
「いいから君はまっすぐ進むんだ! 突き当りに部屋がある。そこまでまっすぐ走れ! 命令だ!」

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