氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 夫人が半ば叫びながら顔を上げると、そこには黒い騎士服を着た近衛騎士が立っていた。黒髪の青い瞳のなかなか顔の整った青年だ。夫の肩越しにその騎士と目を合わせた夫人は、ヘビに(にら)まれたカエルのごとく、(のど)の奥を引きつらせた。

 黒髪の騎士――ジークヴァルトが無言のまま見下ろすと、ふたりはふるふる首を振って、脂汗(あぶらあせ)を流しながらじりじりと後退(あとずさ)り始めた。ある程度距離を取ったかと思うと、そのまま脱兎(だっと)のごとく逃げ出していく。

 ジークヴァルトは常に異形に(ねら)われる身であるため、幼少期から無意識に殺気(さっき)を張り巡らせている。それを常人(じょうじん)()()たりにすると、得体(えたい)のしれない恐怖に見舞われるらしい。

(あいかわらずジークヴァルト様は、安定の防御壁(ぼうぎょへき)だな)

 最後尾(さいこうび)で王子の護衛をしていたカイは、そんな光景をのんびりとした様子で(なが)めていた。

 ともすれば王よりも多い護衛に囲まれて、王子が扉の向こうに消えていく。近くまで詰め寄っていた貴族たちから落胆(らくたん)の声が上がった。

「王太子殿下は本当に気難しくていらっしゃる……」
「女嫌いと有名だが、やはり噂の通りそちらのご趣味がおありなのでは……」
「フーゲンベルク公爵様を筆頭(ひっとう)に、今日も大勢の近衛の騎士を取り巻いておいででしたものね」

 (ひそ)やかに噂話に花が咲く。王族用の出入り口の扉が閉ざされ、貴族たちは(あきら)めたように次々に帰路(きろ)へとつくのだった。



< 64 / 684 >

この作品をシェア

pagetop