氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 固まったまま動けないでいるアンネマリーに微笑んで、ハインリヒはもう一度やさしい口づけを落としてきた。

「大丈夫。寝室には誰も入ってこないから」

 再び落とされた甘い口づけに、アンネマリーの意識が持っていかれてしまう。何も考えられなくなってきたころに、無機質に扉が叩かれた。

「殿下、そろそろお出になりませんと、時間が差し迫っております」
「すぐに行く」

 再び王太子の顔に戻ると、ハインリヒは残念そうにアンネマリーを覗き込んだ。

「わたしは行くけど、君はもうしばらく体を休めて」
 最後に額に口づけて、ハインリヒは今度こそ立ち上がった。

「あ! ハインリヒ様、通路の目印の位置を!」

 それが分からないと、王妃の離宮に戻れない。爆発した髪のことも忘れてアンネマリーは慌てて身を起こす。

「君はもうあの通路を通らなくていい。これからはわたしがアンネマリーに会いに行くから。義母上の離宮には連絡してある。心配せずにここにいて」

 そう言ってハインリヒはアンネマリーを抱き寄せた。
 扉の向こうから聞こえてきた焦れた声に、ハインリヒは小さく息をつく。いつものきりりとした王太子の顔に戻ると、今度こそ寝室を後にした。

 その凛々しい背中をポーっとなって見送った。ひとりきりになった部屋は、時間を止めたかのように静まり返っている。

(ハインリヒ様は公務に行かれたのに、わたくしばかり休んでもいられないわ)

 とりあえず何か服を着ようと辺りを見回す。乱れた寝所に昨晩の記憶がよみがえって、アンネマリーはひとり赤面する。

(わたくしったら、なんて大胆なことをしてしまったのかしら……)

 はしたない女だと思われなかっただろうか。夕べの出来事が頭の中をぐるぐるめぐる。

「ハインリヒ様……」

 その名を呼ぶだけで胸が苦しくなってくる。先ほど別れたばかりなのにもう会いたい。会いたくて会いたくて仕方がない。
 握りしめたリネンの先に、昨日着ていたガウンを見つけると、アンネマリーは素肌の上からそれを羽織った。

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