氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「あのお方あってこその今の平穏(へいおん)だ。お前も……ザイデル家も……」
「もちろん心得ておりますわ。セレスティーヌ様と王に救っていただいたこの身ですもの。これまで通り、命をとして王にすべてを(ささ)げるつもりですわ」
「……分かっているならいい。あまり王を困らせるなよ」

 くぎを刺すように言うと、話はそれだけだとばかりにザイデル公爵は腰をかがめ、白いレースの長手袋をはめた王妃の手を取った。そっと持ち上げ、唇が触れない絶妙な距離を保って、(うやうや)しくその甲に口づけるふりをする。

「では、王妃殿下。これにて御前(おんまえ)失礼いたします」

 ザイデル公爵は(きびす)を返して、神殿に向かう方向へと去っていった。

「お兄様もわかっていないわね、王はわたくしに困らせられたいと思っておいでなのに。ねぇ、そうでしょう、ルイーズ?」

 後ろに控えていた古参の女官をちらりとみやる。

「恐れながら、わたしには判断いたしかねます」
()(まま)を言う方もたいへんなのよ。でも、そうしないと王が()ねてしまうもの」

 口元に笑みを()くと「行くわよ」とだけ言って王妃は廊下を進み始めた。その後ろを女官のルイーズが続き、数歩離れた距離を保ちながら護衛の女性騎士が後を追う。

 王族専用の隠し通路まであと少しというところで、イジドーラ王妃は眉をひそめた。ほんの一瞬、その歩調が(ゆる)められたが、すぐさま王妃は何事もなかったように前へと進んだ。

「イジドーラ王妃」

 だらしない体つきの禿()げあがった神官が、イジドーラ王妃を呼び止めた。下品な笑いを口元に乗せ、王妃が足を止めて当然とばかりに、行く手を遮るように立ちはだかる。
 本人は優雅に礼を取っているつもりのようだが、大きな腹がその動きを完全に邪魔している。その手につけられた趣味の悪い腕輪が、じゃらじゃらと耳障(みみざわ)りな音を立てた。

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