氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 カイの持つその強さに、ハインリヒはたまらなく焦燥(しょうそう)を感じることがある。王太子として、それを表に出すことは決してできはしないが。

「やだなー、なんで謝るんですか? ここは昔みたいに叱咤(しった)激励(げきれい)してくださいよ。オレもちゃっかりそれに便乗(びんじょう)させてもらってるわけだし、お互いさまってやつですよ」
「ああ……これからも存分にその立場を利用してくれ」

 カイは当前だと言わんばかりに「もちろんそのつもりです」と頷いた。

「フーゲンベルク家の調査書と、王城の書庫の報告書に関しては、後日まとめてお届けします。とりあえず、白の夜会までは王妃殿下の元にいますので、なにか火急(かきゅう)の用がおありでしたら、イジドーラ様におっしゃってください」
「わかった……なるべく何もないことを祈ろう」

 そんなに毛嫌いすることないのに。そう思いながら、カイは笑顔で王太子の執務室を後にした。

 扉を閉める寸前にちらりと見やると、思いつめた顔で懐中時計を凝視しているハインリヒが目に入る。

(オレなら絶対にアンネマリー嬢を手放さない)

 もし自分がハインリヒの立場だったら、どんなに汚い手を使ってでも彼女を自分のものにするだろう。そう考えて、カイは自嘲(じちょう)気味(ぎみ)(わら)った。

(うつわ)の違いか……)

 だからこそハインリヒなのだとカイは思う。清廉(せいれん)潔白(けっぱく)であろうとするがゆえに、不器用で見ていてもどかしい。

 自分ならば、目の前のご馳走(ちそう)に我慢などできるわけもない。あっさりと誘惑に飛びつくあさましい自分とは、そもそも次元が違うのだ。手を伸ばせば簡単に届くものに、あえて目をそらさず耐え続ける。その強さこそが、未来の王たる(うつわ)と言えるのだから。

 それでもカイは思うことをやめられない。手に入れられる幸せならば、誰に批難(ひなん)されようともその手に(つか)んでしまえばいい。
 それはこの自分には、どうあがいても、永遠に手にすることはできないものだ。

(それにしても、ハインリヒ様相手にあんなにムキになるなんてな……)

 自分もまだまだ修行が足りないようだと他人事のように考えながら、カイは足早(あしばや)に王妃の離宮へと向かって行った。



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