氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 大の男がふたりしてなんとも情けない顔になる。ヨハンは慌てたようにわちゃわちゃと両手を振り、マテアスもこれまた慌てたようにリーゼロッテの前に再び(ひざまず)いた。

「ち、違います! 筋肉だるまのヨハン様と喧嘩など、このマテアス、そんな命知らずなことはいたしません!」
「そ、そうですとも! 口のうまい策略家(さくりゃくか)のマテアスと喧嘩するほど、オレも(おろ)かではありません!」

 お互いの台詞(せりふ)を聞き、ふたりは再度視線を(から)めてばちりとにらみ合った。

「……やっぱり喧嘩してる」
「「いいいいいいえ、そのようなっ」」

 もりもりと涙をためるリーゼロッテを前に、ぶんぶんと首を振りまくる。

 あわあわしているだけのヨハンをしり目に、マテアスが自分の(ふところ)を探りはじめる。愛用の万年筆、鍵の束、何かのメモ書き、スペアの眼鏡、黒い小箱と、あれでもないこれでもないと次から次へとアイテムが出現する。マテアスも相当慌てているようで、出てくる物はなんの役にも立たないものばかりだ。

 ようやく白いハンカチが出てくると、マテアスは安堵(あんど)した表情になる。これはジークヴァルト用にいつも胸に忍ばせてある未使用のハンカチだ。決してマテアスの私物ではない。
 あとでそのままジークヴァルトに手渡せば、(あるじ)のリーゼロッテコレクションが増えるというもの。だからこの自分の体温で(ぬく)まったハンカチを使っても、なんら問題はないはずだ。

 そんな希望的観念を胸中で展開しながら、マテアスは困り眉を下げてハンカチをリーゼロッテに差し出した。

「リーゼロッテ様、再三にわたり怖い思いをさせてしまい申し訳ありません」

 リーゼロッテはそれを受け取ると、そっと目元にあててあふれそうな涙をハンカチの縁に吸い込ませた。すんと鼻をすすると、目の前で片膝をつくマテアスを上目遣いでじっと見つめる。

「もう喧嘩はしない?」
「もちろんでございます! ほら、ヨハン様も!」
「あ、はいっ、もちろんです!」

 騎士の礼を取り、ヨハンはびしりと背筋を正す。その後ろで壁際のカークが、なぜだか同じ動作をした。

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