氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「せっかくのティータイムを邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」

 リーゼロッテをどうにかなだめ、ヨハンを(もと)()た見えない位置に追い出すと、マテアスは手慣れた手つきで紅茶を淹れ直した。近くにいた使用人に目配(めくば)せし、ワゴンを一つサロンの中まで運ばせる。
 ワゴンに乗せられていたケーキをリーゼロッテの前にサーブし、その横に淹れたての紅茶を添える。

「本日はビョウのパイを用意させました」
「まあ!」

 リーゼロッテの瞳が輝く。この時期のビョウは甘く、程よい酸味があってリーゼロッテは大好きだった。瞳を輝かせるリーゼロッテの手から、マテアスがそっと先ほどのハンカチを回収した。リーゼロッテは目の前のパイに夢中のようで、マテアスの行動を気にとめる様子はない。

 リーゼロッテを泣かせたとあらば、何がしかの鉄槌(てっつい)を受けるのはやむなしだ。だが下手に隠そうとするは得策(とくさく)ではない。どうせ(あるじ)にはカークを通して、先ほどのやり取りが筒抜(つつぬ)けになっているだろう。

 しかし、リーゼロッテの涙というプレミア付きのハンカチを差し出されれば、ジークヴァルトも黙らざるを()まい。マテアスは大事な切り札を、大切に(ふところ)にしまいこんだ。

「さあ、どうぞお召し上がりください」

 何食わぬ顔のマテアスに促され、リーゼロッテはサクサクのパイにナイフを入れた。リーゼロッテも貴族の端くれである。ケーキだってナイフとフォークでいただくのだ。すべて木のスプーンで済ませていた頃が懐かしいというものである。

 器用にパイを一口大に切り取ると、リーゼロッテはその小さな口に運んだ。何層にもなったパイ生地のサクッとした食感と、トロリとしていて適度な歯ごたえもあるビョウがまた絶妙だ。

(ビョウってまんまリンゴなのよね)

 高級なアップルパイを前に、リーゼロッテの表情はとろけそうなものとなる。

「ふふ、わたくしビョウが大好きなの。とてもおいしいわ」

 そこらへんはマテアスもエラからリサーチ済みである。どんなときにどの紅茶を選ぶのかなど、事細かなリーゼロッテ情報がマテアスの頭の中にはインプットされている。

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