さくらびと。 恋 番外編(3)
ゆっくりと風が吹き、桜の花びらが舞い、二人の周りを包んだ。
(あぁ…そうか……、やっとわかった。君にずっと惹かれていた理由。)
有澤先生の心の中にある水面に、ひとつの波紋が広がった。
ーーねえ、裕紀。
いつかきっと…
"蕾"が芽吹くかもしれないでしょ?ーー
蕾の言葉から、忘れかけていた生前の美桜の言葉を、有澤先生は思い出した。
その瞬間、有澤先生の目から一筋の涙が零れ落ちた。
それはあまりにも儚く、美しい涙だった。
「先生?」
驚いて尋ねると、有澤先生は微かに微笑みながら首を振る。
何か言いたげだが、言葉が見つからない様子だった。
その時、不意に彼の表情が変わる。
遠い記憶の中にいる誰かに向かって話しかけるような表情に。
「彼女も……同じことを言っていた」
その一言が二人の間に沈黙を生み出した。蕾の心臓が強く打ち始める。
「……っ」
有澤先生の声が微かに震えている。
桜の木から降り注ぐ花びらの中で、有澤先生の言葉が空気に溶けていく。
「桜井さんは、僕の一番近くにいることで、幸せ?」
蕾は涙をこらえながら微笑んだ。
「もちろんです。だって私は先生と一緒にいることで、今までたくさん救われてきたんですから。」
有澤先生はゆっくりと息を吸い込み、深く頷いた。
「ありがとう…」
そして二人は静かに見つめあい、ゆっくりと桜の木を見上げた。
桜の花びらが彼らの周囲を舞い踊り、まるで笑っているかのように見えた。
これから先どうなるかはわからないけれど、この瞬間だけは永遠であり続けて欲しいと二人は願った。
Fin.