寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 天井からにゅっと手が出てくる。その手がちょいちょいと手招きをするので、リーゼロッテは立ち上がってジークハルトに近づいた。

『リーゼロッテ、もっと顔近づけて。そうそう、もっともっと』

 言われるがまま顔を寄せていく。見上げるようにすると、ジークハルトもさらに顔を近づけてきた。

 鼻先をくっつけんばかりになったとき、いきなり床が沈んで傾いた。誰かが乗り込んできたかのような振動に、リーゼロッテは驚きに振り返ろうとした。

「お前、ふざけるのも大概にしろ」
「ジークヴァルト様!?」

 腹に腕が巻き付けられ、リーゼロッテは後ろに引き寄せられる。ぎゅっと抱え込んだまま、ジークヴァルトは己の守護者を睨みつけた。

『じゃあ、オレはもうお役御免ってことで』
 ジークハルトはひらひらと手を振って、天井からするりと出ていってしまった。

 その時、一滴の水がリーゼロッテの首筋に落ちてきた。「ひゃっ」と声を上げると、ジークヴァルトが抱えていた体をぐいと遠くに押しのける。

「お前はここにいろ」

 リーゼロッテの首元に流れて落ちた雫を指で拭い取ると、ジークヴァルトは不機嫌そうに顔をしかめて馬車を降りていった。よく見ると髪が濡れている。ほのかに石鹸の香りがしたので、湯でも浴びたところだったのかもしれない。
(ハルト様が勝手に呼んだにしても、わたしのせいでまた迷惑を……)

 どうしてこうなってしまうのだろう。リーゼロッテが小さくため息を落とすと、ジークヴァルトはすぐに戻ってきた。ほどなくして馬車が走り出す。

「あの、エマニュエル様は……?」
「ヨハンと共に近くの街に向かった。そこで馬車を手配するよう言ってある」

 ほっと息をつくも、エマニュエルには申し訳ないことをしてしまった。強風が窓をがたがたと揺らす。車輪が回る音だけが響く馬車の中、リーゼロッテはようやく違和感に気がついた。

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