寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「あの、ヴァルト様……お膝に乗らなくてもよろしいのですか?」
「今日はいい。濡れるから近づくな」

 そっけなく言ってジークヴァルトは窓の外に視線をやった。そのまま沈黙が訪れる。

 ふたりで馬車に乗るとき、ジークヴァルトは大抵書類に目を通している。リーゼロッテも邪魔しないようにと、いつも黙って座っているのだが、今日はお互いに手持ち無沙汰だ。
(ヴァルト様とは、いつもどんな会話をしてたっけ)

 基本、ジークヴァルトから話しかけてくることはない。リーゼロッテが何かを問いかけたときと、必要事項を伝えるときのみ、その口を開くだけだ。

(わたし、ジークヴァルト様の事、何も知らないんだわ)

 ジークヴァルトは猫舌で、酸っぱいものが苦手で、乗馬がうまくて、何かを誤魔化す時にはすぐに顔をそらす。リーゼロッテが知っているのは、そんな表面的なことばかりだ。

『公爵様のすべてを分かった気でいるのかしら? なんておこがましい女なの』

 茶会でイザベラに言われたことを思い出した。本当に自分は、分かった気でいただけなのかもしれない。会話をするなら今しかない。誰もいないふたりきりのこの場なら、自分の本音も伝えられるはずだ。

「ヴァルト様、わたくしご迷惑でしたら、ダーミッシュのお屋敷でおとなしくしておりますわ」

 屋敷の部屋からほとんど出ることなく、今までもずっと過ごしてきたのだ。その頃にジークヴァルトに負担をかけることは何もなかった。今は、それがいちばんいい方法なのだと思えてくる。

「お手紙も毎日書きますから」
「いや、駄目だ、お前はオレのそばにいろ」

 ぎゅっと眉根を寄せる。こういう時、ジークヴァルトは自分の意見を絶対に曲げない。だが、ここで自分が引いては元の木阿弥(もくあみ)だ。
(少しはルカを見習わなくちゃ)

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