寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 催しがすべて終わって、リーゼロッテはツェツィーリアと共に部屋に戻ろうとしていた。おなかいっぱいになった珍しいフルーツの数々。観劇の感動と、ジークヴァルトへの後ろめたさ。
 いろんなものがごちゃまぜになって、なんだかやたらと疲れてしまった。

 アデライーデの先導のもと、ツェツィーリアのおしゃべりに笑顔で相槌(あいづち)をうつ。そうしながらもリーゼロッテは、早く寝台に潜り込んで寝てしまいたいと思っていた。

 その一歩を踏み込んだ瞬間、空気が変わった。

 はっと息を飲み、隣を歩くツェツィーリアを近くに引き寄せた。
「わたくしのそばを離れないでくださいませ」
「リーゼロッテお姉様!」

 ツェツィーリアも異変に気付いたのか、不安そうにぎゅっと抱き着いてくる。
 いつの間にか、先を歩いていたアデライーデの姿が見えなくなっている。廊下はどこまでも薄暗く、その先を見渡すことはできなかった。

「そこのお嬢様方……」

 暗がりから、先ほどの行商の男がふらりと現れる。うつろな瞳をした異様な雰囲気を前に、リーゼロッテはかばうようにツェツィーリアを背に隠した。

「先ほどはお見せできませんでしたが、お嬢様にふさわしい宝飾がございます……」

 感情のこもらない声音で言うと、男は手にした箱を掲げ、その(ふた)をゆっくりと開いていった。

 途端に、周囲に瘴気(しょうき)が満ちる。パンドラの箱を開けたかの如くに、その(けが)れは渦巻きながら、(またた)く間に廊下の先へと広がっていく。

(この瘴気は……!)

 かつてこの身に感じた紅の(けが)れを前に、リーゼロッテはただ恐怖で立ち尽くした。





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