寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「少し跳ねただけよ。わたくしは何も問題ないわ。むしろあなたこそ熱かったのではない? きちんとお医者様にみてもらってね?」
「いえ、わたしのことなど……。お召し物を汚してしまってなんとお詫びを申し上げたらいいのか……!」

 ドレスを見やると、確かに紅茶の飛沫のあとが何滴かついていた。しかし、言われて見なければ分からないような些細なものだ。半ばパニックを起こしている女官の手を取り、リーゼロッテはやさしく微笑んだ。

「このくらい問題はないわ。それにフーゲンベルク家には腕のいいシミ取り名人がいるの。だから安心してちょうだい」

 泣きそうな瞳で見上げる女官に、もう一度安心させるように微笑んだ。

「せっかくご招待いただいた王太子妃殿下のお茶会だもの。大事にはしたくないわ。わたくし、処罰などは望みません。そのように計らってくれないかしら」

 そばにいた年配の女官にそう声をかける。女官は「仰せのままに」と(うやうや)しく頭を下げた。

「何よ、いい子ぶっちゃって」
 憎々し気な声が割り込んできた。

「さりげなくフーゲンベルク家の名を出したりして、自分は公爵様の婚約者だとひけらかしたいのかしら。なんてあざとい女なの」

 イザベラのその発言に、周囲にいた者たちが凍り付いた。ヤスミンだけが観察するような目つきで、イザベラとリーゼロッテを見やっている。

 面食らったリーゼロッテは二の句を告げられないでいた。そんなつもりは毛頭なかったが、貴族社会ではこんな上げ足取りは日常茶飯事の事なのか。隣で気色ばむエラを目配せで制して、リーゼロッテはどうしたものかと思案に暮れた。

(まるで女子更衣室のマウンティングだわ)

 こういったやり取りは日本でも苦手だった。いかに穏便に済ませるか。言葉を探すも良さげな言い回しは一向に思いつかない。

 ふと脳裏にアデライーデの顔が浮かんだ。
(そうだわ。こういった時はただ微笑んでいればいいってお姉様に言われたっけ)

 アデライーデの助言の通りに、リーゼロッテは曖昧な笑みをイザベラへと向けた。少し小首をかしげて、何を言われたのか分からないといった表情を作ってみせる。

「まあ! 言われている言葉の意味も理解できないのね! なんて頭が足りないのかしら? これで公爵夫人に収まろうと言うのだから、本当に厚かましい女だわ」

 同意を受けて当然とばかりにイザベラはどや顔で周囲を見回した。しかし場の雰囲気は、完全にリーゼロッテに軍配が上がっている。

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