寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 リーゼロッテは再び指に力を入れた。指の腹が白くなるまで抑え込み、力の限界が近づいてきて、指がぶるぶると震えてくる。

 ジークヴァルトは完全に気を失ってしまったようだ。風に髪が舞い上げられ、流れる涙をぬぐうこともできない。脱力した体は重く、支えるのがつらくなってくる。
 泣きじゃくりながら、これ以上どうすればいいのか、リーゼロッテはもうわからなくなってしまった。

「旦那様……!」

 リーゼロッテが通ってきた階段を、マテアスがかけ上がってきた。屋上の惨状には目もくれず、一目散にこちらへ駆け寄ってくる。

「マテアス……ジークヴァルト様が……」

 しゃくりあげる中、うまく言葉が発せられない。血まみれのふたりを見やって、すぐさまマテアスはジークヴァルトの目の前に片膝をついた。

「すぐ処置をいたします。もう少しだけ頑張っていただけますか?」

 言いながらマテアスは、(ふところ)から手早く様々な物を出しては下に並べていく。万年筆や替えの眼鏡、何かのメモ書き、黒い小箱と、関係ない物の後に、ようやく白い包帯が現れる。それを手早くジークヴァルトの肩口にクロスするように巻き付けていった。

 マテアスの合図と共に、リーゼロッテは抑える手を(ゆる)めた。じわりと包帯が赤く染まったが、先ほどに比べると、些細(ささい)と思える量だった。

「よく頑張られましたね。あとはわたしたちにお任せください。ヨハン様、旦那様を運ぶのを手伝ってください」

 ジークヴァルトが(かつ)がれるように運ばれていく。それを目で追っていると、青い顔をしたアデライーデが駆け寄ってきた。血まみれのドレスを見て、アデライーデは小さく悲鳴を上げる。

「リーゼロッテ、あなたも怪我をしたの!?」
「いいえ、こちらはすべてジークヴァルト様の……」

 緊張の糸が切れて、虫食いのように視界が黒く塗りつぶされていく。自分を呼ぶ声が遠くに聞こえて、リーゼロッテはその意識を手放した。






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