寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 祈りの間で、ディートリヒは意識を戻した。
 ゆっくりと目を開き、あぐらの姿勢から静かに立ち上がる。ディートリヒは振り返り、後ろに立っていた神官長と視線を合わせた。

「今回、龍はなんと仰せでしたか?」
「いつもと変わらぬ」
「そうですか……」

 落胆顔の神官長を置いて、ディートリヒ王は祈りの間から出ていった。儀式を終えたこの場に残されたのは、神官長とレミュリオだ。

「いつ見てもディートリヒ王は深い瞑想に入るのがお上手ですね」
「もう二十年以上欠かすことなく、月に一度の祈りの儀を続けておられる。それも道理だろう」
「……王をすげかえる意味などあるのでしょうかね。若いハインリヒ王子に引き継がせるより、よほど効率がいい」
「滅多なことを言うものではない。すべては青龍の意思。それに口を出すなど(もっ)ての(ほか)だ」

 神官長の言葉にレミュリオは素直に頭を下げた。

若輩者(じゃくはいもの)はわたしの方だったようですね。(つつし)みます」
「分かればいい」

 神殿に戻ったレミュリオは、神官長と別れそのまま私室に向かった。三日間続く儀式の後は、二日ほど体を休める期間が与えられる。

 途中の廊下でレミュリオは、その先にあった気配に足を止めた。(めし)いたこの瞳は物を見ることは叶わない。だがそこにある気を、色鮮やかに感じることは容易にできた。
 目の前にいる男は、右腕を(かば)うように押さえている。指先から手首にかけて、赤黒い(けが)れが巣食っている(さま)が見て取れた。

「これはミヒャエル様、このようなところでどうかなさいましたか?」
「れ、レミュリオか……お前に話すことなど何もないわ」

 脂汗をかきながらそう吐き捨てると、ミヒャエルはふらふらとした足取りでその場を去っていく。ゆっくりと遠ざかっていく気配を、レミュリオはしばらく黙って見送った。

「……あの様子では、自我を保っていられるのも時間の問題ですね。己の力量を見誤るなど、実にミヒャエル様らしい」

 その口元に静かに笑みを乗せる。

「あれほどの才覚を持ちながら、邪悪な存在と神の区別もつかないとは……なんとも愚かしい人だ」

 無感情な声が廊下に響く。興味を無くしたように、レミュリオは与えられた私室へと向かっていった。

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