寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「バルバナス様、ご健勝のようで何よりですわ」
「王太子妃殿下は、なにやらイジドーラ王妃に似てきたんじゃないか? ハインリヒ、尻に敷かれないよう気をつけろよ」
「このような場所でおやめください、王兄殿下」

 隣にいたアデライーデが、(たしな)めるように言った。美しく着飾ったアデライーデの右目は、黒い(ちょう)で形取られた幻想的な眼帯で覆われている。その姿を認めてアンネマリーは、彼女こそがハインリヒが傷つけた令嬢なのだとすぐさま気がついた。

「アデライーデ・フーゲンベルクにございます。王太子殿下、ならびに王太子妃殿下(ひでんか)。今宵はお招きいただきありがとうございます。王太子殿下がこのようにお美しい妃殿下を迎えられましたこと、改めてお(よろ)び申し上げます」

 アデライーデは美しい所作でふたりに礼をとった。一瞬つらそうな表情になるが、すぐに王太子の顔に戻って、ハインリヒは静かに頷いた。

「今夜はゆっくりと楽しんでいってくれ」
「ありがたきお言葉にございます」

 そう言ってアデライーデは再び礼をとる。

「王太子妃殿下」

 ふいの声掛けに、アンネマリーはきゅっと身を引きしめた。彼女はハインリヒにとって、特別な存在だ。そんなふうに思う自分を、アンネマリーは止めることはできなかった。

「今はこのような(よそお)いをしておりますが、わたくしの本来の姿は王城騎士にございます。ハインリヒ殿下と妃殿下の御代が永劫(えいごう)平穏であるよう、これからも力を()くしたく存じます」
「とても心強いお言葉、感謝します」

 立場上、アデライーデに礼は取れないが、アンネマリーは心からそう返事をした。

 バルバナスと共に、アデライーデがこの場を辞していく。その背を見送りながら、ハインリヒにしか聞こえない小さな声で、アンネマリーはぽつりと言った。

「とてもお強い方なのですね」

 アデライーデの凛とした(たたず)まいに、境遇に負けないだけのしなやかさとしたたかさを感じた。

「ああ……彼女にはいずれ(つぐな)いをしなければならない」

 低い声で言ったハインリヒに、アンネマリーは向き直る。

「どんな時も、わたくしはハインリヒの隣におります」
「アンネマリー……」

 いつまでも熱く見つめ合うふたりを、次の順番を待っていた貴族が、手持(てもち)無沙汰(ぶさた)に黙って見上げていた。

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