寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「……それはあのリーゼロッテ様ですから、涙の一粒くらいはおこぼしになるかもしれません。ですが、おふたりは婚約関係にあるのですから、そのくらいは常識の範囲内でしょう?」
「いや駄目だ。そんなことをしたら」
「そんなことをしたら?」

 再びマテアスが聞き返すと、ジークヴァルトは今日いちばん苦しげな顔をした。

「止まらなくなる」

 そのあとジークヴァルトは押し黙って、すいと顔をそらした。

「どうしてあなた様は、いつも肝心な所でヘタレますかね。そこで止める必要など、どこにあるというのですか?」

 (いさ)めるようなマテアスの言葉を、ジークヴァルトは黙って聞いている。

「ヴァルト様……あなた、いつまで初恋をこじらせているおつもりですか? 本当に往生際(おうじょうぎわ)の悪い。一体いくつになったんですかあなた様は。子供のようにいつまでたってもウダウダウダウダと」

 いつになく苛立った様子のマテアスは、ジークヴァルトを()きつけるように睨みつけた。

「リーゼロッテ様はヴァルト様の託宣のお相手なんですよ。しかも、もう成人なさった立派な淑女です。いい加減、腹をくくったらどうなんですか?」
「それくらい……わかっている」
「わかっておられないから、今こうなっているのでしょう? あなたが恋したあの方だって、同じく大人になられたんです。今、ヴァルト様が、どう決断してどう行動しようが、きちんと受け止めてくださいますよ」

 唇を引き結んで、ジークヴァルトが(うめ)くように言う。

「それでも、彼女を傷つけたくない」
「まったく、あなたと言う人は……」

 マテアスはやっていられないとばかりに首を振った。

「婚姻の託宣がおりるまで、こんなぎくしゃくした関係を続けるおつもりなんですか? 今の様子じゃ、婚姻が果たされる頃にはリーゼロッテ様のお心は、別の誰かのものになっているやもしれませんね。託宣のお相手であることにあぐらをかいていると、いつか痛い目を見ますよ」

 吐き捨てられたその言葉に、ぐっと(のど)を詰まらせる。婚姻の託宣を受けた者同士は、問答無用で惹かれ合う。だが過去には、託宣を果たした後に、決別を選択した者もいる。

 その時、ジークヴァルトがはっと顔を上げた。自室の扉を開き、廊下を確かめる。
 今、彼女の気配がした。だが、目の前には、人影ひとつ見えない廊下が広がっている。

「旦那様?」
「いや、何でもない」

 そっけなく言うと、ジークヴァルトは自室の扉を再び閉めた。

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