寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「わたくし、名を呼んでくださらないからと、きっと意固地になっていたのね。呼んでいただけないなら、別にそれでもかまわないって……」

 自嘲(じちょう)気味に言ってから、リーゼロッテは笑顔になった。

「でも、エラの言う通り、ジークヴァルト様にお願いしてみるわ。どうしてそんな簡単なこと、今まで思いつかなかったのかしら」
「お嬢様はいつでも、周囲に気をお遣いになられますから……。もっと我儘(わがまま)をおっしゃってもよろしいと思います」
「そうやって甘やかされると、わたくし本当に我儘になってしまいそうだわ」
「お嬢様は、そのくらいがちょうどいいです」

 エラは本気でそう思っているかのように、真剣な顔で頷いた。

「もし、ヴァルト様に断られたら、エラが(なぐさ)めてくれる?」
「もちろんでございます。ですが、お断りされることなどございませんよ。もしあるとしたら、それは公爵様が『お嬢様のお名前を呼んだら死んでしまう呪い』にかかっているからに違いありません」

 大真面目にそんなことを言ったエラに、リーゼロッテは目を丸くした。

「ヴァルト様がそんな恐ろしい呪いにかかっていたら、わたくし名を呼ばれないくらい我慢できるわ」

 くすくす笑うリーゼロッテを、エラは安堵した様子で見つめている。

「リーゼロッテお嬢様。エラは、これからもお嬢様をずっとお支えしてまいります」
「ありがとう、エラ……」

 お互いを見つめて微笑み合う。ひとりではない。そう思うと勇気が()いてきた。
 このあと、ジークヴァルトの部屋に行くことになっている。先ほどまで気が重かったが、その時にジークヴァルトに名前で呼んでもらえるようにお願いしよう。そんなことを考えると、早く時間が来ればと気が(はや)る。

「エラはこれから刺繍教室よね。わたくしのことは心配しないで、行ってきてちょうだい」

 ジークヴァルトの部屋はすぐ隣だ。廊下にカークも立っているし、ひとりで行っても問題はない。
 エラを見送ると、リーゼロッテは義父のフーゴに手紙をしたためた。

(落ち込んだりもしたけれど、わたくしは元気です、と。これでいいわよね?)

 これ以上、フーゴに心配をかけても仕方がない。ジークヴァルトとは長い付き合いになるのだ。ずっと一緒にいなければならないのなら、ギスギスと過ごすより、風通しのよい関係でいたいものだ。
 迷惑にならない程度に自立を目指そう。ひとり頷いて、リーゼロッテは時計を見上げた。

(少し早いけれど、もう行ってこようかしら)

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