寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「……何なんだ、それは?」
「それ、とは何のことを仰せでしょうか」

 眉根を寄せた公爵に、リーゼロッテはやはり他人行儀に言葉を返した。公爵の眉間の溝が深くなる。

「どうしてオレのことを公爵などと呼ぶ?」
「思えば公爵様の御名を勝手に呼んでおりました。今さらながら不敬に気づき、改めさせていただきました」
「そんなもの、今まで通りでいい」

 苦々しい顔をして、公爵は(うめ)くように言った。その様子にリーゼロッテは静かに(こうべ)を垂れる。

「寛大なお心、ありがたく存じます」

 そんなやり取りを、周囲は黙って聞いていた。目を見開いたまま、誰もが驚きを隠せないと言った表情だ。

 ぐっと眉間にしわを寄せて、どこからともなく取り出した菓子を「あーん」とリーゼロッテの口元へと運んでいく。公爵家のエントランスでいつも見られる光景を、誰もが固唾(かたず)を飲んで見守った。
 しかしその菓子は口に入れられる寸前に、小さな白い指につかみ取られてしまった。菓子をその手に取ったまま、リーゼロッテは淑女の笑みを浮かべて公爵を仰ぎ見る。

「こちらは後ほどきちんと頂かせていただきます。やはりまだ気分が優れないようなので、今日はこれで御前を失礼させていただきたく存じます」

 手にした菓子を白いハンカチで包むと、リーゼロッテはそれをエラに手渡してきた。

「ジークヴァルト様もごゆっくりお休みになってくださいませ。行きましょう、エラ」

 最後に完璧な淑女の礼をとると、リーゼロッテは公爵に背を向けた。そのまま振り向きもせず、エントランスを出ていってしまう。エラも公爵に礼をとり、慌ててその背を追いかけていった。
 途中振り向くと、公爵はじっとリーゼロッテを睨むように見つめていた。表情なく廊下を進むリーゼロッテに、かける言葉が見つからない。

 最近は異形のカークが道を教えてくれるとのことで、リーゼロッテはひとり迷うことなく廊下を進んでいく。エラにはカークが視えないが、今は信じてついて行くしかなかった。
 しばらく進むとリーゼロッテの部屋がある廊下へと出る。胸をなでおろしてエラは、先導して部屋の扉を開けた。

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