寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「一体何がどうなってしまったのか……何にせよ、このままではまずいですよねぇ」

 ぶつぶつと言いながら、マテアスは薄暗い廊下をひとり歩いていた。まだ夜も明けきらない早朝だ。人気(ひとけ)のない廊下を迷うことなく進んでいく。

 リーゼロッテの様子がますますおかしい。他人行儀だった態度は、今ではまったくの赤の他人状態だ。貼りつけた笑みに、へりくだった言動。その振る舞いは、まるで目上の公爵に初めて出会った伯爵令嬢のような徹底ぶりだ。

(ヴァルト様に問いただしても覚えがないとおっしゃるし……)

 あの日、なぜリーゼロッテが部屋に来ずに、庭に飛び出したのかも理由が分からないままだ。カークが危険を知らせてこなかったということは、リーゼロッテ自らがそこへ足を運んだのだろう。
 無理にふたりを近づけさせたのがまずかったのだろうか? いや、途中まではうまくいっていた。やはり原因はジークヴァルトにあるはずだ。その結論に至るころ、マテアスは目的の場所へと到着した。

 扉を叩くとすぐにエラが出てきた。いつも通り着古した侍女服を着ている。

「エラ様、折角準備をしていただいたところ申し訳ないのですが、本日より主との手合わせが再開されることとなりまして。エラ様との稽古(けいこ)は、これから週一二回程度にさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「そうですか……。でも、そういうことなら仕方ないですね。わざわざ知らせに来てくれてありがとうございます」
「昨日のうちに連絡しておけばよかったのですが、忙しさにかまけてうっかりしておりました」

 嘘である。本当はエラとふたりきりで話がしたくて、わざわざ連絡をしなかったマテアスだ。

「では、今日の稽古はなしということですね。じゃあ、わたしはこれで」
「エラ様!」

 さっさと扉を閉めようとするエラに、マテアスは慌てて声をかけた。ドアノブに手をかけて、閉められないようにと力を入れる。

「まだ何か?」
「最近のリーゼロッテ様のご様子が気になりまして。その、何かエラ様にお心当たりがありましたら教えて頂けたらと……」

 その言葉に、エラの表情がすん、と冷たくなった。その冷気を前に、マテアスは思わず背筋を正す。

「そんなもの、公爵様と……マテアス、あなたの胸に手を当てて考えれば、すぐわかることでしょう?」

 およそ今までエラの口から発せられたことがない、そんな地を()うような声だった。呆然とするマテアスの前で、乱暴に扉が閉められる。
 ノブを握っていた形そのままに、マテアスはしばらくの間動けないでいた。

「え? わたしも同罪ですか……?」

 やはりふたりきりにしたのは早計だったのか。再び袋小路にはまってしまい、天然パーマの髪をマテアスはがりがりと掻きむしった。

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