寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「旦那様……ほんっとうにお心あたりはないんですね?」
「ない」

 ソファに座ったままのジークヴァルトの後ろに立ち、マテアスはその背に胡乱気(うろんげ)な視線を送る。ふいと顔をそむけるジークヴァルトを、マテアスはさらに問い詰めた。

「いちばん最後にこの部屋で過ごされた時、リーゼロッテ様に何かなさったでしょう?」
「いや、してない。……しそうにはなったが、何もしていない」

 ぐっと口をへの字に曲げたジークヴァルトは、まだ何かを隠してそうだ。

「しそうになって何もしなかった代わりに、一体何をなさったんですか?」
「……部屋を、追い出した」

 ようやく自供したジークヴァルトを前に、マテアスは大きくため息をついた。

「会いに来させておいて、理由も言わずにリーゼロッテ様を追い出したというのですか、あなた様は?」
「……泣かせたく、なかった」
「それで追い出された時、リーゼロッテ様はなんとおっしゃられましたか?」
「何も。だが……泣いていた」
「はぁ、呆れて物も言えませんね。泣かせたくなくて、結果、泣かせるなど……一体何を考えているんですか?」

 冷たく言うと、ジークヴァルトはぐっと口をつぐんだ。そのままじっと、正面に飾られたリーゼロッテの肖像画を見上げている。

「だいたいヴァルト様は、リーゼロッテ様の事をどう思っておいでなんですか?」

 今さらな問いだがさらなる自覚を促すべく、マテアスはあえてそれを口にした。少し考えるような間をおいてから、ようやくジークヴァルトは返答した。

「彼女はオレの託宣の相手だ」
「それだけですか?」
「それ以外に何がある?」

 逆に聞き返されて、マテアスは絶句した。まさかと思うが目の前の(あるじ)は、いまだ自覚がないまま迷走しているというのか?

 口を開きかけて、マテアスは言葉を飲み込んだ。最近のジークヴァルトは感情の起伏が激しかった。リーゼロッテをそばに置くようになって、それはどんどん顕著(けんちょ)になっている。

(今ではそれが当たり前のように思っていた――)

 以前のジークヴァルトならば、あり得ない事態だ。ずっとそばに仕えていながら、どうしてそんな大事なことを忘れていたのだろうか。

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