寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「マテアス。オレはこんなに阿呆(あほう)な男だったか?」
 ふいにジークヴァルトが言った。視線は、リーゼロッテの肖像画に向いたままだ。

()れた相手の前では、男はみな阿呆になるものですよ」
 そんなジークヴァルトを笑うでもなく、マテアスは静かに答えた。

 ジークヴァルトが驚いたように振り返る。その表情は、長くそばにいる者にしかわからないほどの変化だったが、確かにその瞳に動揺をうつしていた。

「彼女は託宣の相手だ」
「それが何だというのです? そんなことを抜きにしても、リーゼロッテ様を大事にしたいと思っているんでしょう? その思いは、ヴァルト様、あなた自身のものですよ」
「オレ自身の……」
「触れたいと思うのも、愛しているからこそなのではないですか?」
「あんなもの、ただの肉欲だ」

 嫌悪するようにジークヴァルトは吐き捨てた。そんな主にマテアスは苦笑いを向ける。

「ただの肉欲ならば、ほかの女でも事足りるでしょう? 欲しいのはリーゼロッテ様だけ。違いますか?」
「…………」
「今、あなたが感じているそのお気持ちこそが、人を愛するということですよ」
「…………そうか」

 マテアスの言葉を()(くだ)くように時間をかけてからそう言うと、ジークヴァルトは再びリーゼロッテの肖像画を見上げた。そこにはずっと変わらず、なんの屈託(くったく)もなく笑っている彼女がいる。

 ――そのままの彼女であってほしい
 そう願うが、果たして自分に守りきれるのだろうか?

 だが、それを人任せになどできるはずもない。ジークヴァルトは身じろぎもせず、絵の中の彼女の笑顔をじっと見続けていた。

 そんな主の後ろで、マテアスは静かに立っていた。

(さんざここまでしておいて、ようやく自分の気持ちに気づくとは)
 (にぶ)すぎる主にあきれを禁じ得ない。禁じ得ないのだが、それもまた、とても主らしいとも思ってしまう。

 マテアスはジークヴァルトが誕生してから、ずっと傍らでその成長を見守ってきた。一緒に過ごしてきた時間ならば、自分が一番であると自負できる。それなのにあの日、自分は守ることができなかった。

 ――きっと、主の心は、あの時一度壊れたのだ。

(リーゼロッテ様の存在が、この人の心の欠落(けつらく)を埋めてくれるなら……)

 過ぎ去りし日のジークヴァルトを思い、マテアスは祈るように瞳を伏せた。






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