寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 ジークヴァルトが婚姻を果たすのと同時に、マテアスも正式に家令の地位に就くことが決まっている。公爵となった(あるじ)を支えるためにも、父エッカルトから少しずつ執務を受け継ぐ日々が始まった。

 目まぐるしく過ぎる日々の中、(あるじ)の様子は変わらない。言われたことは黙々とこなし、すべてが完璧なまでの手腕で片づけられていく。物に執着しないのも相変わらずだ。ただ、その中で、婚約者に関することだけは別のようだった。

 必要以上にリーゼロッテを気にかけるさまを、託宣の相手だからと軽く片付けていた。たったひとつだとしても、(あるじ)が関心を示すものがあることに、マテアスはただ安堵していた。

 本当はもっと早く気づくべきだったのだろう。ジークヴァルトが物にまったく執着しないのは、あの日のように失うのが怖いからだ。

(……なぜそんな簡単なことも気づけなかったのか)

 (あるじ)の大きな背中を見やりながら、今さらながらに思う。強くなった今この時も、(あるじ)のこころはあの日から、どこへも動けないでいるのかもしれない。(おもむ)くまま、素直に愛情を表現できないのも、そのいい証拠だろう。

 ――もしも、いつかリーゼロッテを失うことになったなら
 託宣の相手とは無条件で惹かれ合う。その力に(あらが)うこともできずに、ジークヴァルトは無意識の中、その恐怖にずっと苦しんできたのだ。

 生涯の忠誠を、この胸に誓った。初めてその瞳に囚われてから、もう十八年以上経つ。

(リーゼロッテ様を力の限りお守りしましょう。あなた様のために。この命に代えても……)

 もはやリーゼロッテは、ジークヴァルトの生きる意味そのものだ。この先失うようなことがあれば、ジークベルトのように(あるじ)はあっけなく()ちていくに違いない。

(どうかこのひとのこころを救ってほしい)


 その思いは届かぬまま、しばらくの間、日々は表向きだけ平穏に過ぎていった。






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