寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 マテアスはジークヴァルトが座る椅子の後ろの絨毯をぺろっとめくってみせた。むき出しになった床の一部を持ち上げると、下へ続く階段が現れる。

「こちらは旦那様の自室につながる隠し通路となっております。非常時にのみ使いますが、本日は時間もないことですし、こちらから参りましょう」

 マテアスがリーゼロッテの手を引こうとすると、ジークヴァルトがさっと横から(さら)っていった。

「いい。オレが連れて行く」
「承知いたしました。ですがなるべく早くお戻りくださいね。そちらの書類が片付かないことには、昼食の時間もなしになりますよ」

 くぎを刺すように言うマテアスを横目に、ジークヴァルトは屈みこんだ。物珍し気に階段を覗き込んでいたリーゼロッテに、「抱くぞ」と耳元で声をかける。

「ひゃいっ」

 抱き上げた瞬間飛び出たおかしな返事に、リーゼロッテの頬が染まる。ジークヴァルトはその顔をちらりと見やり、暗がりの階段を降りていった。

「十五分たってもお戻りにならなかったら、様子を見に行きますからね!」

 マテアスの声に見送られながら階段を降り切ると、リーゼロッテを抱えたまま人ひとりが通れる程度の狭い通路を進んでいく。真っ暗な中を幾度か曲がって、しばらくすると立ち止まった。

 目の前の暗闇に向かってジークヴァルトは手をかざした。青い光が(ほの)かに光ったかと思うと、光が漏れる隙間が見えてゆっくりと扉が開いていく。その扉をくぐると、突然の眩しさにリーゼロッテが胸に顔をうずめてきた。

「ここは……?」
「オレの部屋だ」

 大きな寝台の脇を通り抜け、居間へと続く(わく)だけの扉に向かう。早朝に目覚めたままのリネンの乱れが視界に入り、ジークヴァルトは胸に灯った欲望に知らず目を(すが)めた。

 組み敷いた彼女の蜂蜜色の髪が、波を描きながらシーツの海に広がっていく――毎夜のように夢想するその情景を、今ここで再現できたなら。

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