寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 ずっとここにあったこの扉を、今まで開くことは一度もなかった。リーゼロッテの手を引いて、開ききった扉の向こうへと(いざな)っていく。

「まあ! こちらはわたくしのお部屋の衣裳部屋ですのね」

 リーゼロッテが今使っている部屋は、ジークヴァルトの自室と扉一枚でつながっている。いわゆる夫婦の続き部屋というやつだ。リーゼロッテが公爵夫人となった暁に使われる予定だったこの部屋は、夜会での異形の騒ぎもあって前倒しで機能することとなった。

「あとでまた廊下側から顔を出す。部屋からは出るなよ」
「はい、ちゃんとお部屋でお待ちしておりますわ」

 リーゼロッテが衣裳部屋へと進むと、ジークヴァルトはその扉を閉めようとした。

「あの、ヴァルト様!」
「なんだ?」
「その……お忙しいのに送っていただいてありがとうございました。昼食の件もわたくしがご無理を言ってしまったから……」
「問題ない」

 閉じかけの扉から、その髪をするりとなでる。無防備なままくすぐったそうにしているリーゼロッテを前に、このまま引き寄せて抱きしめたくなる衝動をぐっとこらえた。

「……そちら側から鍵がかけられる。しっかりと締めておけ」

 一瞬、不思議そうな顔をして、「はい、承知しましたわ」とリーゼロッテは屈託のない笑顔をこちらに返してきた。彼女はこの扉の意味がまるで分かっていないようだ。自分がその気になれば、いつでもそちらに行けてしまうという危険な状況だというのにだ。

 扉を閉めて鍵がかかるのをじっと待つ。だが、待てども錠が降ろされる気配はない。

「なぜすぐに鍵をかけない」

 がちゃりと乱暴に扉を開くと、リーゼロッテはまだそこに立っていた。扉を再び開けたジークヴァルトを戸惑ったように見上げている。

「あの、だって、扉を閉めてすぐに鍵をかけると、締め出されたように感じてさみしい気持ちになりますでしょう? こういった時は、ヴァルト様に鍵の音が聞こえないようにしたほうがいいかと思いまして……」

< 35 / 403 >

この作品をシェア

pagetop