寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 リーゼロッテを後ろ手に庇いながら、(くれない)の女に向けて青の力を放つジークヴァルトがそこにいた。

 放たれた力は女を()れた。巻き添えのように周囲の異形が一掃されて、その引きちぎられる瞬間の叫びに、リーゼロッテは胸を押しつぶされた。
 身をひるがえした女は、笑みを残したままその場からかき消える。嘘のように重圧が消え、リーゼロッテの頬を爽やかな初夏の風がすり抜けた。

「なぜオレを呼ばなかった」

 振り返ったジークヴァルトが無表情で見下ろしてくる。芝生にへたり込んだまま、逆光のジークヴァルトの顔を呆然と見上げた。

「わたくし……誰かを巻き込んだらいけないと思って……」
「だったらなおさらオレを呼べ」
「ですが、ジークヴァルト様は……」

 鳴りやまぬ鼓動が耳をつく。安堵で放心する中、なんとかうまい言葉(いいわけ)を探した。

「大きなお怪我をなさったばかりで、これ以上ご負担になるのもためらわれて」
「ためらう必要などないだろう。ダーミッシュ嬢はオレの託宣の……いや、オレの婚約者だ」

 言い直したジークヴァルトの顔をじっと見つめる。女はすぐ泣くから面倒くさい。いつかジークヴァルトが言った言葉が思い出されて、リーゼロッテは溢れそうになる涙を必死にこらえた。

「名を……呼ぶこともしない、形ばかりの婚約者に……そこまでする必要などございませんでしょう?」

 ぐっと奥歯を食いしばる。泣いては駄目だ。これ以上ジークヴァルトに面倒くさい女だとは思われたくはなかった。

「わたくしとジークヴァルト様は龍が決めた相手同士。これからは自分のことは自分で守ります。名ばかりの婚約者など、もう捨て置いてくださいませ」

 震える唇が、決定的な言葉を紡いでいく。こうなれば、ジークヴァルトとの間に横たわる溝を、埋めることなどできはしないだろう。

 目の前に立つジークヴァルトはぐっと顔をしかめた。誠意を尽くしてくれるジークヴァルトに、ひどいことを言っているのは分かっていた。でももう、自分を押し殺すことが、リーゼロッテにはできなくなってしまった。

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