寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 それでもジークヴァルトは再び指を伸ばし、頬に流れる涙をぬぐってくる。いやいやと首を振って、リーゼロッテはその手首を掴み取った。
 すべっていくあたたかな指に、余計に溢れ出る涙が止まらない。同情でやさしくなどしてほしくない。今も思う人がいるのなら、思い切り突き放してほしかった。

「お前だ」

 ふいに言われ、リーゼロッテは思わず顔を上げた。すぐそこにある青い瞳と見つめ合う。それ以上何も言ってこないジークヴァルトの顔を、意味が分からずしばらくじっと見ていた。

「だから、お前だ」
「……なにが、わたくしですの?」

 青の瞳は自分を(とら)えて離さない。同じ言葉を再び言われ、リーゼロッテは(わず)かに首をかしげた。

「オレの初恋の相手というのは、お前のことだ。リーゼロッテ」
「え……?」

 見開いた瞳から、たまった涙がぽろりとこぼれ落ちる。思考が停止したように、まるで理解が追いつかなかった。

「子供の頃に一度会いに行っただろう。そのときだ」
「ですが、あの日……わたくし泣きましたわ」

 震える唇が問う。そうだ、あの日、黒いモヤがかかるジークヴァルトを見て、自分は恐ろしさのあまり大泣きしてしまった。そんな相手に恋をするなど、果たしてそんなことがあるのだろうか。

「ああ……あの日、泣いたお前も可愛かった」

 ふっとジークヴァルトの瞳が愛おしそうに細められた。親指の腹で涙をぬぐい取り、ゆっくりと顔を近づける。リーゼロッテの唇を、そして小さく(ついば)んだ。

 リーゼロッテの顔が真っ赤に染まる。それと同時に部屋中のありとあらゆるものがドカンと揺れた。

 盛大に発動した公爵家の呪いは、瞬間、爆風のように広がったリーゼロッテの力によって、一瞬で相殺(そうさい)されたのだった。

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