寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「ふぅ、やれやれ」

 (イザベラ)の追跡を振り切って、ニコラウスは大きく息をついた。おかげで夜会の会場から離れ、随分と奥まったところに来てしまった。
 侯爵家の人間に見とがめられたら、怪しい奴だと目をつけられてしまうかもしれない。何しろデルプフェルト家は諜報(ちょうほう)活動に特化した一族だ。敵に回したら厄介なことこの上ない。
 いい年をして迷ったなどという言い訳も見苦しいだろうと思い、ニコラウスは来た廊下を戻ろうとした。

(それにしてもイザベラのやつ、急に一体どうしたんだ?)

 今までは誰でもいいから早く結婚して、自分の代わりに伯爵位を継げと迫っていたくせに、今日にきていきなり親しくなった令嬢との間に邪魔するように割り込んできた。
 今回は顔見知りの令嬢と踊っていただけなのでよかったものの、本命の女性の前でやられたらたまったものではない。

(もっとも、いつも本命にはフラれてばかりだけどな)
 そんな自分の考えに情けなくなって、ニコラウスはひとり涙ぐみそうになった。

「あれ? エーミール様?」

 廊下の向こうにぽつりと立っているエーミールの姿が見え、ニコラウスは首をかしげた。正装をしているところを見ると、彼も夜会に招待されたのだろう。だがこの程度の規模の夜会にエーミールが来ていたのなら、気づかないなどあり得なかった。
 エーミールはとにかく目立つしとにかくモテる。夜会に出れば令嬢たちに囲まれ、既婚女性からも次々にお声がかかる。それをうまいことさばいていくのだから、そのスキルに感嘆するより他はない。

「エーミール様、どうしたんすかこんなところで?」
「……ニコラウスか」

 ちらりとこちらを見て、エーミールはすぐまた顔を戻した。そのまま何もない床を、じっと見つめている。

「何かあったんすか?  そんな女にフラれたみたいな顔して」

 その言葉にはっと顔を上げて、エーミールはぎりと(にら)んできた。そしてまた視線を()らされる。

「え? 何? 嘘、マジで!?」

 エーミールをフる女性がいるなど驚きだ。しかも目の前のエーミールは相当本気で落ち込んでいる。

「やべ、どうしよ。めっちゃ親近感っ」
「その五月蠅(うるさ)い口を今すぐ閉じないと、叩き切るぞ」

 地獄の底から響いてくるような声で言われ、ニコラウスは慌てて首を振った。

「あああ、嘘ですごめんなさい! エーミール様、カッコイイ! よっこのモテ男!」

 瞬時に放たれた殺気に、ニコラウスは思わず一歩飛び退()いた。エーミールが帯剣してなくてよかった。もし護衛騎士のいで立ちだったなら、瞬殺されていたに違いない。

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