寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 この先に肖像画の少女がいる。そう言われても、実感など微塵(みじん)も湧かなかった。
 ジークヴァルトにとって色づいた場所はあの額縁(がくぶち)の中だけだ。きっと彼女はこの世の存在ではないに違いない。そのほうがよほどしっくりくるように、ジークヴァルトには思えてならなかった。

 近づくにつれ城の大きな鉄の扉が開かれていく。そびえたつ城門の前まで来ると、何かがこすれ合うような音がした。振り向くと、(ゆる)んでいた鎖が強く張られ、重い地響きと共に再び跳ね橋が立ち昇っていく。遮ることのない清浄な空気は、回る歯車の振動をどこまでも遠く響かせた。

 高い鉄門をくぐり城内の敷地へと入る。誰もいないがらんとした庭は、整然としすぎていて逆に落ち着かなく感じられた。過ぎた鉄門が閉まりゆく音を背に、まっ平らな石畳をふたりは進んでいった。

「お? なんだ、お前ら。やけに愛嬌のある異形だな」

 丸く整えられた茂みの陰に、瞳がきゅるんとした小さな異形が数匹、ぴるぴると震えながら隠れていた。ジークヴァルトの姿を見て、怯えるように身を寄せ合っている。

「それはリーゼロッテの小鬼です。(はら)わないでやってもらえますか?」

 気配なく現れた男に、ジークヴァルトは思わず身構えた。先に続く石畳の小路(こみち)から、銀髪の男がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「ようこそおいでくださいました、フーゲンベルク公爵。それに、ご令息も。あいにく妻は王城へと呼ばれていまして、わたしひとりの出迎えで申し訳ありません」

 そこに立つのはジークフリートよりも随分と若い男だった。物腰は柔らかだが、どこか冷たそうな印象を与える風貌だ。

「いえいえ、ラウエンシュタイン公爵はお美しいと噂ですからね。イグナーツ殿が隠しておきたいと思ったとしても仕方のないことです」
「ははは、そうしたいのは山々ですが。でき()ればどこかに閉じ込めて、妻を誰の目にも触れさせたくないと本気で思いますけどね」
「おお! イグナーツ殿も! なんだか貴殿とは気が合いそうだ。お互い公爵家ですし、いずれ親戚となる間柄。敬語はなしにしませんか?」
「それはありがたい話です、ジークフリート殿」
「では、そういうことで。ほら、ヴァルト。お前の未来の花嫁の父君だぞ?」
「ジークヴァルト・フーゲンベルクと申します。以後、お見知りおきを」
「娘も君に会えるのを楽しみにしていたよ。仲良くやってくれるとうれしいな」
「……はい」

< 392 / 403 >

この作品をシェア

pagetop