寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「あっ、旦那様! 少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
 マテアスは廊下で見かけたジークフリートを慌てて呼び止めた。

 ラウエンシュタイン城から戻って数日、ジークヴァルトの様子が何やらおかしい。自室でぼんやりと婚約者の絵を見上げている(あるじ)の小さな背中を見やり、マテアスはひとり眉をひそめていた。

「お? なんだ、マテアス。オレに用とはめずらしいな」
 頭にポンと手を置いて、ジークフリートはやさしく笑いかけた。

「はい、ヴァルト様のことなのですが、ラウエンシュタインからお戻りなってから、ぼんやりなさることが多くなって……」
「ああ、そりゃ、恋煩(こいわずら)いだな」
「恋煩い!? あのヴァルト様が?」

 あんぐりと口を開けたまま、マテアスはジークフリートの顔を見上げた。あのジークヴァルトだ。まさかそんなことがという声が、マテアスの頭の大半を占めていた。

「ヴァルトのやつ、しょっぱなからリーゼロッテに嫌われてしまってなぁ。話を聞いたマルグリット様がご立腹になったらしくて、リーゼロッテが十五になるまで、二度と会いに来るなと言われてしまったんだ」
「えぇ……? ヴァルト様は一体何をやらかしたんですか?」
「はっはっは、それは若気の至りってやつだな。名前を呼ぶだけで大泣きされちゃあ、落ち込みもするってもんだ。まぁそんな訳だから、マテアスもよぉく慰めてやってくれ」

 ぐりぐりと頭をなでてから、ジークフリートは颯爽と行ってしまった。

「名前を呼ぶだけで……?」

 恋煩いはともかく、目つきの悪いジークヴァルトに怖がられでもしたのだろう。マテアスはそういうことならばと、とりあえず様子を見ることにした。

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