寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 撫でられるのは不快ではないし、時にはくすぐったいがおおむね心地よく感じる。リーゼロッテは梳かれる頭をそのままに、何ごともなかったように再び石に集中し始めた。

 少しずつ緑に染まっていく石を、隙間から覗き込んでは確認する。それを幾度か繰り返した時、前触れなく耳をすうっとなぞられた。
(ひゃっ)
 ぞわぞわする感覚に、思わず肩をすくめた。驚いて隣を見上げるも、ジークヴァルトは相変わらず書類に集中している。眉間にしわを寄せたまま、指がリーゼロッテの耳朶に這わされていく。しまいにはジークヴァルトは、耳たぶをはさんでやわやわと揉み始めた。

「ヴァルト様っ」
 思わずその手首をつかむ。さすがのリーゼロッテもそれ以上は我慢ができなかった。

「その……耳は、くすぐったいので……」

 涙目で訴える。自分の指が、小さな耳の感触を確かめていたことに気づいたジークヴァルトは、驚いたようにその手を引いた。

「無意識だ」
「はい、承知しておりますわ」

 そう言ってふたりは、それぞれが書類と守り石に目をむけた。何事もなかったかのように、先ほどと同様、部屋に沈黙が訪れる。聞こえてくるのは、カチコチと鳴る振り子時計の音だけだ。

 しばらくの後、ジークヴァルトの指が再びリーゼロッテの髪を梳き始めた。それを気に留めるでもなく、リーゼロッテはそのまま石に集中している。

「……なあ、旦那様とリーゼロッテ様って、いつもあんなにべたべたしているのに、なんでこう、もっと甘い雰囲気にならないんだ?」

 開け放たれた執務室の扉の外で、使用人の男がひとりつぶやいた。その男同様、中を出歯亀していた男が、困ったように首をかしげる。

「うーん……何といっても、あの旦那様とリーゼロッテ様だからなぁ」

 顔を見合わせ、ふたりは再び執務室を覗き込んだ。ガッツポーズを作りながら、息を合わせたように小声で声援(エール)を送る。

「「なんにせよ、頑張れ旦那様!!」」

 相も変わらず進展しないふたりの関係に、使用人一同がやきもきしているフーゲンベルク家なのであった。

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