寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 繭玉から一度手を離すと、リーゼロッテはオクタヴィアの手紙を取り出した。この手紙をジョンに届けることができたなら。
 ふいにあの唄が耳によぎった。
(ああ、そうだわ……これをジョンに届ければ……)

 リーゼロッテはすぅと息を吸ったあと、その唇に旋律を乗せた。オクタヴィアの思いそのままに、ジョンに向けて愛を唄う。

 ジークヴァルトの腕の中、のびやかな唄声が響いていく。高く低く、時には密やかに。
 届けてほしい。オクタヴィアの願いを。この確かな愛を――

 繭玉が輝き、その糸がするりと(ほど)けていく。ジークヴァルトに抱かれていた体が、一瞬でゆるんだ繭玉の中へと引き込まれた。

「ダーミッシュ嬢!」

 焦ったようなジークヴァルトの声がする。また心配をかけてしまった。でも、きっとここは大丈夫。
 そんな意識がぼんやりと浮かぶ。瞳を開くと、膝を抱えたまま丸くなったジョンが、目の前に浮かんでいた。
 枝にぶら下がる果実のように、ゆりかごに揺れる赤子のように。

 そんなジョンをリーゼロッテはやさしく揺さぶった。瞳を開き、ジョンはゆっくりと顔を上げた。放心したようなその顔には、幾筋もの涙が伝っている。
 リーゼロッテは手にした手紙をそっとジョンへと差し出した。ゆっくりとした動きで、ジョンはそれを静かに受け取った。

(オクタヴィアの思いが、ジョンの中に――)

 その光景のまばゆさに、リーゼロッテはその目を細めた。何色にも輝く光の(うず)が、すべての(おり)を消し去っていく。

 ジョンは一瞬だけ苦し気な表情(かお)をして、天高くを見上げた。巻き上がる前髪の下、龍の烙印が瞬間(あか)い光を放つ。そして残像も残らぬまま、(くれない)のしるしは跡形(あとかた)もなく消え去った。

 雲の狭間からあたたかな光が差し込んだ。ジョンが天に還っていく。光はジョンをやわらかく包み込み、その体は純度の高い白に溶け込んだ。

 (ほど)けゆく繭玉ごと、リーゼロッテはジョンの背へと力を注ぐ。無事、天に昇れるように。もう二度と迷わぬように。

 雲と狭間の境目が分からなくなったころ、リーゼロッテの脱力した体は、ジークヴァルトの腕の中に受け止められた。

 あまり力は入らなかったが、リーゼロッテは安心させるように、ジークヴァルトへと微笑んだ。






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