アパレル店員のお兄さんを【推し】にしてもいいですか?

勝利の女神

 5月。中間テストが終わり、体育祭に向けて練習の日々が始まった。
(今日は各クラスで練習の日か)
「しらっち、練習すんぞ!」
紐を片手に菅がきた。
「どっちの足がいい?俺どっちでもいけるけど」
「練習だし、どっちも試してみる?」
「そうだな、そうしよう。とりあえずさ、結ばずに肩だけ組んで、走るスピードみるか。俺がしらっちに合わせるから、掛け声はお願いしていい?遠慮せず好きなテンポでいいから」
「あ、うん」
(頼もしい。さすがスポーツできる奴、いつもよりまともに見える)
 肩を組んで走り始めた。
「いち、に、いち、に…」
トラックを半周ほど走り、止まった。
「おっけー!だいたいスピード掴んだから、次結んでやってみるか」
紐を結び、再び走り始める。
「いち、に、いち、に…」
(え…めっちゃ走りやすい。私の走り方に完全に合わせてくれてる。なんだか結んでないみたい!)
1周走り終えた。
「良い感じだっ…」
「やばい!やばいやばい!めっちゃ走りやすかったんだけど!菅、凄すぎる!テンポとか合わせてくれてありがと!」
興奮しながら笑顔で話すさゆかに圧倒されながらも頬を赤くする菅。
「これで大塚たちに勝てるな!」
「いやいや、大塚くんたち同じチームだから!」

 放課後、一優の家に遊びに来たさゆか。
ピンポーン
ガチャ
「いらっしゃい」
前髪をおろした眼鏡姿の一優が出迎える。
(メガネ!?やばい、また違う良さが…!!)
「お邪魔します」
 リビングでテレビを見る2人。
「そういえば来月、長休取って久々に地元に帰ろうと思ってるんだけどいいかな?」
「私の許可なんて取らなくていいですよ。私も学校だし、ゆっくり楽しんで来てください」
「ありがとう」
ふとさゆかの腕を見た。
「え、どうしたの!?」
「あー、これは今日綱引きの練習中に縄で擦りむいちゃって」
「痛そう。大丈夫?」
「見た目ほど痛くないので大丈夫です」
「見せて」
ちゅ
傷に優しくキスをした。
「!?」
「早く治りますように」
(何なのーこのイケメンメガネ男はー!)

 数日後の放課後。図書室に寄っていたさゆかは、帰ろうとしていたところ担任に会った。
「お、白井いいとこにいた!これ、菅に渡しといてくれ」
「えっ」
有無を言わさず立ち去る担任。
(なんで私が…)

 バスケ部が練習している体育館に着き、ドア付近で菅を探す。見つけられず、近くにいた部員に声をかけた。
(1年生かな?)
「あのー、菅いますか?」
「菅先輩ですか?呼んできます!」
「ありがとう」
後輩に呼ばれ、菅がやってきた。
「おぉ、どした?」
「これ、先生から預かった」
「わざわざサンキュー」
「じゃ、お疲れ」
「うぃー」
さゆかの帰る姿を目で追う後輩たち。
「彼女さんですか?」
「違う違う」
「めちゃくちゃ綺麗な人ですね。彼氏いるのかなぁ」
「…お前らには無理だよ、あいつは。はい、練習すんぞ」

 体育祭当日。
(前半に二人三脚と応援合戦で、後半に綱引きか)
さゆかは競技のプログラムを見ながら、自分の出る時間を確認していた。
「綱引き決勝残れるかなぁ」
菅が話しかける。
「2組は確実に残りそうだよねぇ。今年も部対抗リレー出るんだよね?」
「もちろん。アンカーするから目に焼き付けとけよ」
「はいはい。団長もして、アンカーもして、菅らしいね」
「まぁ、スポーツぐらいしか目立てること無いからな」
 
 「続きまして、プログラム2番二人三脚です」
アナウンスが流れ、入場する生徒たち。
「頑張れー!」
1年生を応援しながら小さな声で話すさゆかと菅。
「今、走ってるペアもカップルらしい」
「へぇ。よく知ってるね」
「団長の力を駆使して調べた結果、二人三脚に参加してるペアの8割がカップル」
「どこに注力してんのよ。じゃあ、私たちは残りの2割なのね」
「二人三脚はイチャイチャするための競技じゃねーって見せつけるしかねぇよ!」
(戦う趣旨が変わってる…)
 3年の番がきた。
「大塚ー、こけんなよー」
1走者の大塚、根岸ペアがスタートラインに立つ。
「位置について、よーいドン!」
パァンっ
選手たちがもたつきながら走り出す。1走者と2走者は半周、アンカーは1周する。さゆかと菅が位置につく。バトンが渡された時点で5組は2位だった。
「せーのっ」
掛け声をかけながら走り始めた。
(うわ、やっぱ走りやすい。速さも今までで1番な気がする)
「外から抜かすぞ」
軽快なリズムで走り、前のペアを抜いま。そのままゴールテープをきった。
 全てのペアがゴールし、結果がアナウンスされる。
「1位5組!2位3組…」
「すがーーーーっ!」
さゆかが勢いよくハイタッチをした。
「やっぱり菅はすごい!」
「お、うん…だろ?」
しゃがみ、紐をほどいたさゆか。
「菅、手出して」
「?」
右手を差し出した。
クルッ、ぐっ
紐を手首に巻き付け、蝶々結びをした。
「この後の応援も綱引きもリレーも、全部活躍できるお守り代わり!」
無邪気な笑顔にドキッとする菅。

 たまたまそのやりとりを見ていた麻由と友美。
「気づいちゃったんだけどさ…」
「ん?」
「さゆかって、人たらし以前に菅たらしだよね。男とか人とかじゃなくて、菅として見てる感じ」
「あー、分かる。菅にドキドキとかしないからこそ、平気で心揺さぶる感じね」
「そーそー。さゆかの彼に会わず良さを知らなかったら菅のこと応援してたわ」
 その後、応援合戦で先頭に立ち、みんなを引っ張って踊る菅。

 最終種目の部対抗リレーが始まった。文化部が走り終え、運動部の選手たちがスタート位置に並ぶ。
「今年は矢田がトップバッターか」
パァンッ
矢田が走り出すと女子たちの声援がグラウンドに響く。
(相変わらずファンの子多いなぁ)
矢田はサッカー部と首位争いをしながら、次の選手にバトンを繋いだ。
 バスケ部とサッカー部が接戦のまま、アンカーの菅にバトンが渡った。走り出した菅は圧巻の速さでどんどん差を広げ、余裕の表情でゴールした。
「うわー今年もぶっちぎりだったねー」
「1年で1番が菅が輝く日が終わったね」
 5組の応援席に戻ってきた菅は、さゆかに右拳を突き出した。
「お守りすげぇ効いた、さんきゅ」
「でしょ?」
ドヤ顔言い笑みを浮かべ、拳と拳を合わせた。
< 26 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop