アパレル店員のお兄さんを【推し】にしてもいいですか?

未来

 友美がさゆかと麻由に話しかける。
「次の土曜日遊ばないー?」
「ごめん、その日は挨拶があるの」
「挨拶?」
「お姉ちゃん結婚するんだってさ。お姉ちゃん県外に住んでるから、相手の人初めて会うんだぁ」
「そうなんだー!おめでたいねー」
「報告の電話越しでも幸せなのが伝わってきたわ。友美もこのままいけば、彼とゴールインでしょ?」
「そうねぇ、先のことは分かんないけど、そうなれたら嬉しいよね。さゆかは愛しの推しの年齢的に、こっちがOKならいつでも結婚できるね」
「うーん…私、結婚願望ないからなぁ」
さらっと言うさゆかに驚く2人。
「えええ!?ちょっ、ちょっと待って!え、あんだけ好き好き言って、やっと立場の差を乗り越え付き合って、抱かれたいだの喚いてたのに、結婚する気ないの!?あの彼と結婚したくないの!?」
「付き合えてるだけで十分幸せだし、満足してます!それに恋愛の最終目標が結婚じゃないというか…」
「まぁ、最近は結婚しない派も増えてきてるし、事実婚も珍しくないよね」
「でもそれさ、向こうは知ってるの?もし彼が結婚願望あるなら、長く付き合う先は結婚って思ってるよ?」
「確かに、もし逆の立場ならしんどいかも。何年も付き合ったのに、いざ聞いてみたらする気ないなんてダメージ大きいよ。相手関係なく、する気ないなら早めに言わないとって思う」
(そっか…。でも一優さんが結婚願望あるか分かんないし、わざわざ自分から言うのもなぁ)

 数日後、放課後に電車で買い物に行ったさゆかと一優。
 帰りの電車内。2人の向かいに座っていた親子が降りようと席を立つと2歳ぐらいの子供が手を振ってきた。優しい表情で振り返す一優を見るさゆか。
「かわいいなぁ」
「子供好きなんですか?」
「うん、結構好きかな。人の子でもこんなにかわいいなら、自分の子ならやばいんだろうなって思う。さゆかは何人ほしいとかあったりするの?」
「え…あー私、子供産みたいって思ったことなくて。そもそも結婚すらしたくないというか…」
「え…」
いつもより暗めのトーンで話すさゆかに少し動揺する一優。
「一優さん良いお父さんになりそうですね」
「えっ、ほんと?」
「はい。あ、もうすぐ着きますね」
「…。」

 さゆかを家の近くまで送る一優。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「うん。…ねぇ、さっき電車で言ってた結婚の話だけど。言いたくなかったらいいんだけど…なんでしたくないの?」
「えっ…。うーん、結婚しなくても幸せになれる時代だからですかね」
(わざわざ今説明するのは違う気がする)
「そっか。でも結婚したからこその幸せもあるよね」
「そうですね。人それぞれ恋愛の目指す道のりは違いますもんね」
「…じゃあ、さゆかはこの先、俺とどうなりたい?」
「え…。今のままで十分幸せですよ」
「…そうなんだね」
悲しい表紙をする一優。
「じゃあ、また」
「はい…」
 
 さゆかは湯船に浸かり考えていた。
(少し気まずい空気のまま別れちゃった。次に会えるのは、一優さんが地元から帰ってきてたからかぁ。結婚したくないなんて言わなきゃよかったのかな…)


 地元の友達である心也と居酒屋で飲んでいる一優。
「え、タッキー高校生と付き合ってんの!?」
「声大きい。あとその呼び方やめろ」
「ごめんごめん。まさか一優がそんな年下と付き合うとはなぁ。遊びじゃないんでしょ?」
「当たり前でしょ。年齢じゃなくて、その子自身を好きになったから」
「へぇ。どこが好きなの?」
「たくさんあるけど…そうだなぁ、小さなことにもお礼を言ってくれたり、感情が顔や声に出て分かりやすいとことか…」
さゆかの笑顔や照れた顔を思い出し、優しい表情になる一優に驚く心也。
「一優が惚気るなんて…今までのお前ならありえないな。写真ないの?」
「見せたくない」
「なんでだよー。お願いお願いー」
渋々スマホの写真を見せた。
「え、めっちゃ可愛いじゃん。というか美人だな、高校生に見えない綺麗さ。えっ、会いた…」
「会わせないから」
食い気味に言う。
「んだよー。じゃあ、会えるのは結婚の時かぁ」
「…心也って結婚願望ないんだっけ?」
「ないない。誰かと暮らすとか無理だし、1人の人と一生添い遂げるとか非現実的じゃない?だから最近はさ、付き合う前に結婚する気ないって伝えるのよ。7割なしって言われて、残りの3割も結局結婚したいとか言い出すわけ」
「へぇ。心也って昔からふわっと恋愛してるよね」
「ふわっとって。まぁ、後先考えずその場の気持ちで付き合っちゃうからねー。え、もしかして俺、軽いのかな!?」
「かもな」


 放課後、中庭のベンチで空を見上げるさゆか。
(あの日から変わらず朝晩の連絡はくれるけど、どこかいつもと違うのが文面から伝わってくる。
「…そうなんだね」
あんな顔初めて見た。悲しい気持ちにさせたのは私…)
「どうなりたい…」
(あの感じからして一優さんは、いつか結婚して子供がほしいんだよね。自分がまだ高校生だから、相手は結婚なんて考えないだろうって甘く考えてた。結婚する気がないのに、一優さんの年齢知った上で、自分の好きな気持ち優先して付き合うなんて身勝手過ぎた。私…最低だ)
ポロポロと涙が流れ出す。
「しらっち!?」
突然菅が現れた。
(あ、やばい)
急いで涙を拭く。
「…あれ、部活休み?」
「あ、おう…」
さゆかの隣に座る菅。
「…。」
「…理由は知らねぇけどさ、泣きたい時は泣けよ。人来ないか見張っててやるから」
「…ゔぅーー、ありがとぉー…」
号泣するさゆかの頭に少し迷いながら、ポンっと手をおいた菅。
 しばらくして泣き終えたさゆか。
「はぁースッキリしたぁ。ありがとね、菅。みっともない姿をお見せしました」
菅に軽く頭を下げた。
「しらっちは、もっと人に甘えろよなー。喜怒哀楽豊かなくせに、ほんとに大変な時や辛い時に限って、自分1人で抱え込むタイプだろ?」
「ははっ、よくご存知で。…菅ってさ、絶対長生きするよね」
「よく言われる」

 (一優さんはいつも私の気持ちに真正面から向き合ってくれる。だから私も逃げずに隠さずに向き合わないと)
『来週ゆっくり話す時間ありますか?』
一優に連絡をした。


 次の週。一優の家で話す2人。
「少し長くなるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「うん、聞かせて」
一呼吸して話し始めたさゆか。
「私、小1の時に父を病気で亡くしてるんです。父と母は本当に仲が良くて…まだ幼かったけど、よく覚えてるんです。お互いに愛し合ってるのが伝わってきて、この2人の子供で幸せだなって思ってて。だから父の病気が分かった時に、父がいなくなるんじゃないかっていう恐怖や父がいなくなったら母はどうなるんだろうって、子供ながらに色んな感情が生まれたんです」
「…。」
「感情の整理もつかないまま父が亡くなって、大切な家族がいなくなるってこんな気持ちなんだって知りました。母は私の前では気丈に振る舞ってだけど、私のいないところでよく泣いてたんです。父が死ぬまであんな辛そうな母を見たことなくて…。だから母に笑ってほしくて元気になってほしくて、母の前では泣かずに隠れて泣いてました。私は少しずつ父のことで泣かなくなったけど、母は今でも時々すごく辛そうなんです」
ぐっと手に力が入る。
「なので、私が結婚したくない理由は2つです。1つは、母を1人にしたくない。もう1つは、これ以上家族を失いたくない。もちろん、友達や大切な人を失っても辛いですよ?だけど、永遠を誓った愛する人がこの世からいなくなることや、親を失う子供の気持ちを考えると耐えられない」
目線を一優に向けた。
「信じてほしいのは、私は一優さんのことが本当に大好きです。軽い気持ちで付き合ったわけじゃないし、ずっと一緒にいたい気持ちも嘘じゃないです。だけど、好きになればなるほど…失った時の辛さは大きくなるから…。私の気持ちは以上です…」
一優は優しくさゆかの手を握った。
「話してくれてありがとう。辛かったよね、ご両親のことも、その辛さを誰にも話せず心の奥に閉まってたことも」
目が潤むさゆか。
「まだ付き合って1年も経ってないし、お互い知らないことたくさんだね。物事の好き嫌いや周りの人のこと、乗り越えた過去とか。でも、今の話を聞いて安心した」
「え?」
「理由が、深く人を愛せないとか共に生きたくないとか、俺とは結婚したくないだったらどうしようって思ってた。好きだから大切だから失いたくない、それは俺も同じだよ。さゆか、俺のことこれからも好き?」
「もちろんです。むしろ…嫌いになり方を教えてほしいぐらいです」
「よかった。…ひと回りも上だし、絶対先に死なないなんて、そんな無責任な事は言えない」
「…。」
「だけど…俺はさゆかと未来を歩きたい」
真剣な顔でさゆかを見つめた。
「いなくなるなんて考える暇がないくらい、幸せにする自信があるよ」
「一優さん…」
「…だから、いつか俺を家族にしてほしい」
さゆかの目から静かに涙が流れた。
「もちろん、高校生に結婚の話は早いだろうし、これから大学も行って、したい仕事もして、その先に結婚があるだろうから、今すぐ答えを決める必要はないよ。子供のことも俺の年齢は気にせず、ゆっくり向き合って決めればいいし」
「ぐすっ…なんか…プロポーズみたい」
「ほんとだね。いつかさゆかの気持ちが決まったらちゃんとプロポーズさせて?」
「はい…」
一優が小指を出した。
「ん」
指切りげんまんをする。
(冷めた心がじんわりと温かくなった。ずっと不安だった未来を変えようとしてくれた。その気持ちに私も向き合っていきたい)
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