貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
プロローグ
シーツに手首を縫いつけられながら、詩乃は夢見るように彼の顔を見上げていた。
「私は……」
苦しそうな、何かを堪えるような彼の表情。
ひとつ屋根の下、同じ寝床の中で、悩ましい囁きが落ちてくる。
「私は、その気になれば、貴女のことを思いのままに出来るんですよ」
欲望を押し殺したようなその声は、微かに震えていた。
とても、そんな無体をはたらくようには見えない。
今にも彼の腕の中に、落ちていってしまいそうだ。
詩乃はのぼせ上がるような甘い痺れが全身を貫くのを感じながら、ただ鳴り止まない鼓動に支配されていた。
「どうするんです? 私が……私が、欲望のままに貴女に、触れたら」
囁くような声が、耳朶を伝って脳を直接震わせるように響いてくる。
激しい心臓の鼓動が、重なっている。体温が、呼吸が、完全に溶け合った。
詩乃の身体を貫いたのは、恐怖ではなく——歓喜だった。
春の嵐が、窓の外では吹き荒れている。
それ以上に烈しく、身も砕くような、荒々しい感情のうねりが、ふたりの肌のあいだに流れていた——。
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