貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜


「どうして、迷ってるの?」

 転勤への迷いが出てきた理由が何かは分からないが、それがもっと膨らんでくれたらいい。

 詩乃は、そう願わないではいられなかった。

 バツが悪そうに黙ってしまった明人の顔を、じっと見詰める。

 行かないで。転勤なんてやめて。わたしのそばにいてよ。

 言えない想いが、胸のうちを引っ掻くように渦巻いている。

 とても、言えない。離れ離れになるまで、もうどれくらいの時間が残っているかも分からないのに。

 貴重なこのとき、この関係を、壊したくない。

「……それは…………」

 明人の瞳が揺れる。詩乃を真っ直ぐに見詰めて、何か言いたげにきらりと光る目。

 息を呑んで、詩乃は答えを待った。

「…………なぜ、でしょう。もしかしたら、仕事に疲れているのかもしれません」

 苦笑しながら言う明人の目が、一瞬逸らされた。

 本当に……?

 詩乃には、明人が完全に本心を語っているようには見えなかった。
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