貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
恋とは苦しいものなのか
これで、よかったのだろうか。
いや。あの場では、はぐらかすしかなかった。
もやもやした気持ちを残したまま帰宅した明人は、ちらりと時計を見た。
午後九時。寝るにはまだ早い。
パソコンを立ち上げて、今書きかけの作品の原稿を開く。
執筆に集中しようとするが、ぼんやりと意識は逸れていった。
話を切り出したときの、詩乃のショックを受けたような表情。
転勤を控えていることは、初めから分かっていたはずだ。
それでも、改めてその話を出して、なにか思うところがあったのだろうか。
転勤したくない理由なんて、決まっている。
詩乃と離れたくないからだ。
あの部屋で、あのひととテーブルを囲んで。
料理をしながら、食事をしながら、お茶を飲みながらなんでもない話をする日常。
それはもはや、あまりにも明人の中で当たり前になってしまっている。