貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

恋とは苦しいものなのか


 これで、よかったのだろうか。

 いや。あの場では、はぐらかすしかなかった。

 もやもやした気持ちを残したまま帰宅した明人は、ちらりと時計を見た。

 午後九時。寝るにはまだ早い。

 パソコンを立ち上げて、今書きかけの作品の原稿を開く。

 執筆に集中しようとするが、ぼんやりと意識は逸れていった。

 話を切り出したときの、詩乃のショックを受けたような表情。

 転勤を控えていることは、初めから分かっていたはずだ。

 それでも、改めてその話を出して、なにか思うところがあったのだろうか。

 転勤したくない理由なんて、決まっている。

 詩乃と離れたくないからだ。

 あの部屋で、あのひととテーブルを囲んで。

 料理をしながら、食事をしながら、お茶を飲みながらなんでもない話をする日常。

 それはもはや、あまりにも明人の中で当たり前になってしまっている。

< 101 / 223 >

この作品をシェア

pagetop